2022.01.10

第4回 「ここで差がつく中国人事・組織 Part1 -現地法人の組織課題-」

ビジネスやマーケティング活動を語る上で切っても切り離せないのが人事や組織制度です。日系企業の方からは「優秀な人材が獲得出来ない」「人材流出が止まらない」「人が育たない」といった悩みや、「駐在員が本来の役割を果たせていない」といった声をよく聞きます。日本とは異なる中国という環境において人事や組織を戦略的に考え、どのように設計していけば良いのか?今回は中国でHRPコンサルティングを中心に研修講師として活躍されている他、上海で総経理塾を開くなど、中国の日系企業の経営・組織に長年関わっていらっしゃる金さんをお迎えし、中国の人事・組織制度のお話を2回にわたってお届けします。

Part1では日系企業の中国現地法人における組織課題や本社・駐在員の役割について語っていただきました。

事業の将来像を描く経営幹部が育たない中国現地法人

---金さんは中国のHR分野の第一線で長年活躍され、多く企業の人事・組織を見てこられたと思います。日本企業の中国現地法人における人事や組織について最近よくお聞きになる課題があればお聞かせください。

 最近、日本企業の方とお話をしていて大きな悩みとして聞くのは「経営幹部」の育成です。日本企業が中国に進出して事業展開をしていく中で、昔は日本人駐在員が幹部の役割を占めていたのですが、駐在員はある一定期間を過ぎると帰国します。駐在員がどんどん変わる中、中国人幹部がいなかったため「現場における幹部」の育成が大問題だと言われていました。

一方、今は現地化を進めていく中で、中国人のマネージャー・部長といった幹部は育ってきている、もしくは人材として獲得出来ている会社が多いです。ただし、中国事業を推進するために売上を上げる・利益を追求することをミッションとした「売る人」はいても、将来的な市場環境の変化を見据えて「事業を作る人」はいないというのが大きな悩みとしてよくお聞きします。つまり「現場における幹部」はいるけど「経営幹部」はいないというのが非常に大きな問題となっています。

---その問題は日系・中国系・欧米系を問わずどの企業でも共通した悩みとも思われますが、日系企業で特に問題になっているとお感じでしょうか。

 もちろん一概には言えませんが、日本企業では、いわゆる売上・利益といった短期的目標達成を第一義に据えてきた駐在員たちにとって扱いやすい幹部が育っているという印象です。すなわち、駐在員の言うことを理解して動くことができる人で、日本語がうまくコミュニケーションもしやすい、なおかつ会社のことや事業のこともよくわかっている人。その人たちは上司の指示に従って、売ること、つまり事業を推進することは得意です。もちろんそれも役割として必要なことです。しかし、未来を託すときにその人たちだけだと物足りない。彼らにも事業の未来を考えられるようになってもらいたいが、そういった役割をこれまで要求してこなかったので、スタッフの方々からしてもそんな役割を急に求められても困るという状況になっており、そのようなご相談をよく受けます。

こういった問題が頻出しているというのは様々な背景があると思いますが、中国市場における日本企業のプレゼンスが変わってきている、つまり競争が更に激しくなり競合が変わってきていることが要因として考えられます。市場環境が変化する中で事業戦略そのものをどのように再構築をするのか。今は売れてはいるが、この先今の状態が続いていく保証はありません。いつか止まってしまうことを見据えて先を考えなければいけない。目先の売上もとても重要ですが未来へ向けた事業の再構築はより重要です。未来の絵を描く事をミッションにされている人はそれほど多くはありません。前に進むスピードが遅れているという印象です。

日本企業にとって競合が変わったというのは中国のローカル企業が強くなっていることも一因ですが、欧米系企業も絶えず進化を続けています。一方、日本企業はそれらと比較するとややスピードに欠け、立ち遅れていると感じています。

---中国の現地法人で経営幹部が育っていないという点について具体的にどういう人材が求められているのでしょうか。また経営幹部の育成にあたり、どういったことがネックとなっているのでしょうか。

 例えば、経営幹部であれば中長期の計画立案を求められます。マーケットを分析して戦略そのものを考えてプレゼンテーションすることが要求されますが、これまであまり任されて来なかった事で教育も受けていません。これでは、今まで任せてこなかったことを急にお願いして、それでできていない、と言っているようなものです。

マネージャーとは組織や社員の力を使って事業を推進する存在です。自らが売上を上げることもありますがチームを率いてチームで売上・利益を上げていく、というのが本来のマネージャーの姿です。しかしながら、現状はマネージャーとして評価されるために自身が売上を立てる仕事に関与する時間が多く、なかなか将来の事業について考える時間が持てないケースが多い。計数管理や数値管理はできますが、それらは全て売上のための話であって、その先にある未来の世界をどう作っていくのかを分析・検証・提案する経験が非常に不足しています。

ただし、これは中国人幹部の話だけではなく、実は日本人の駐在員も本社から「中国事業をどうするのか?このままでいいのか?」と同じことを言われ続けている立場にあります。特に日本企業は本社と駐在員が共に事業を考えているケースが多く、駐在員の中堅幹部の中でも同じような課題を抱えている方は多いように感じます。

市場環境が変わる中で何かを変えていかなければ勝てなくなってきています。勝つための戦略を描いていかなければいけないのですが、より良い戦略を考えるには現地の事情を一番よく知っている現地の社員と共に考えていかなければなりません。多くの中国人人材も育ってきていますが未だに日本人の駐在員もしくは本社だけで考えているようなケースも少なくありません。

---経営幹部の育成はすぐに結果として現れるものではないと思いますが、具体的にどういった支援を行うとよいのでしょうか

 まず指示待ち社員を自律型社員に変えていくことが重要です。これは口で言うのは簡単ですが非常に難しい。というのも、どれだけ職位が高くなっても指示命令されている方が人間は楽だからです。例えば、「半年以内に1,000万元の売上計画を考えろ」と言われるより「3か月で200万元を売れ」と言われる方が楽です。考えるよりは現場で売る方がいい。半年で1,000万元と言われるともちろん考えますが自分も売りチームメンバーもと考え「いい人を雇いましょう!」が答えになりがちです。ただ売れる人を集めるのが幹部の仕事ではないですね。マーケットを考え、商品やブランディングを考え、組織の力を考え、様々なことを分析・検証をし、全てを考えて計画書を出しなさいと言われると、「それはできない…」となりがちです。

経営幹部を育成するためには、考えて、言葉にして落とし込むトレーニングが必要です。事業戦略を描くといっても様々な粒度がありますが、まずは3C分析とSWOT分析で自社を取り巻く環境と経営資源を見直すだけでも全然違います。分析の基本フレームになりますがそれこそ、3CのうちCompany(自社)を考えている人は多いですが、Competitor(競合)とCustomer(市場)を正しく把握し理解している人がどれだけいるのか?日々の業務に忙殺されていると俯瞰的に物事を見たり将来を考えたりすることがなかなかできません。考える時間を作ってそれを言語化することが経営幹部の育成には必要です。

しかし、事業を考える時間が大事だとわかっていても、本社からは「中国の売上はどうなっているのか?」という話ばかりされて、経営幹部が考えるべき「あるべき姿をどうするのか?」という議論がなかなか出来ていないケースも珍しくありません。「事業を作る」経営幹部の役割と「売上を立てる」営業部長の役割は異なります。本来であれば経営幹部という役割を担うべき駐在員が営業部長の仕事に追われてしまうのは、非常に残念でなりません。

経営層が日本人でマネージャー以下が中国人という日本企業も見られますが、組織としてパフォーマンスを発揮するためにどういう組織や人材配置が最適なのか、自社にとっての現地化の意味や定義を考えた上で現地化を進めていくことが重要だと感じています。

---現地化について苦慮されている日系企業も多いと思いますが、現地化が進まない要因はどこにあるとお考えですか。

 これも難しい話でよく議論になるのですが、日本だと現地法人と本社がほぼ一体として考えられがちなことが現地化を遅らせる要因にもなっています。まず日本と中国は物理的にも近く現地法人の意思決定に本社が関与するケースが多く見られます。また本社の人と意思疎通するために日本語ができなければいけない。現地化を進めたいと思っていても本社からの要求に対応することが優先されて現地化が遅れてしまうことが多いのも事実です。

以前と比較すると経営幹部を含めた中国人の副総経理や執行役員、人事部長も増えていますが、彼らに本来の仕事をさせているのか?本来の役割を要求しているのか?というのは現地化を進める中で大きな問題になっていると感じています。

---現地化の話は権限委譲とも深く関わっていると考えています。例えばマーケティング部門でも、現地法人に権限を委譲している会社もあれば、重要な意思決定は日本本社側で行う会社もありますし、現地法人と日本本社がその都度話し合って意思決定を行っている会社も少なくないと感じています。変化が激しい中国市場でスピーディーな意思決定に苦労されている日系企業も多い印象ですが何か工夫できるポイントなどありますか。

 日本本社とやり取りをしながら意思決定をするとスピードが遅くなってしまうため変化に迅速に対応できないというデメリットは確かにあります。中国市場の変化に応じて迅速に意思決定を行うには大きく2つのやり方があると考えています。

1つ目は現地に予算と権限を委譲して任せる方法で、これが最も理想的ですね。予算を振り分けるのでプロセスと結果は中国で責任を持ち、それを日本側に報告する。権限移譲することで責任は増しますが、それだけ本気で取り組むことにもつながります。

2つ目の方法として、日中双方のマーケティングチームで進めるのであれば、日中のマーケティングの考え方や手法の違いをそれぞれが理解しながらスピードを速める方法です。日本のマーケティング成功事例の手法やエッセンスを現地に紹介したり、日本の成功事例が中国でも応用できるか検討してもらったり、逆に中国の特徴や成功事例を日本側にインプットする等、お互いの違いを理解した上で建設的なコミュニケーションができると良いマーケティングチームができると思います。

---日本側と中国側の合同チームでプロジェクトを組むのは面白い取り組みですね。ただ、意思決定に関して日本本社と現地法人の間で利害関係者や関係する部署が多い場合、チームを束ねる苦労もあると思うのですが、こういったチームは誰がリーダーシップをとると上手くいきやすいですか。

 これも多くの企業が直面する課題ですが、いくつかやり方があると考えています。1つは日本のチームリーダーや中堅クラスの人が中国に一時的にでも赴任して一緒にやる方法です。中堅リーダークラスが膝を突き合わせて会話をすることで日中で何がずれているのかがよくわかります。

2つ目は専任のプロジェクトリーダーを新たに抜擢する方法で、その人が日本と中国をまとめることを仕事とする。それは社内で手を挙げてやってもらう形でもいいですし外部から採用しても構いません。兼務ではなく、日中をつなぐことをミッションとする役割を作るということですね。

3つ目は外部からコンサルを入れる方法です。大手戦略コンサルティングファームなどではプロジェクトとしてこういった仕事もしています。彼らはプロジェクト管理をしながらうまくまとめ上げてくれます。

色々なやり方はありますが、個人的には1つ目の中堅リーダークラスを中国に派遣する方法はいいと思いますね。中国に来て現地を知って悪戦苦闘することで個人も成長できますし、マーケティングの世界だけでなく中国の実態やスピード感を肌で感じながら学ぶことができます。半年間の限定出向という形でも構わないのでこういった取り組みは組織にとっても非常に有益だと思います。職位が高い人が来るといい面もありますがそうではない面もありますね。プロジェクトの中核メンバーの同世代である中堅クラスを派遣するのはいいと思います。同世代だと同じ目的に向かって率直に議論できますし、互いのメンバーが成長するきっかけにもなります。

私が長年携わっている人事の世界でも人事制度を作る際に上記のような3パターンのケースをそれぞれ見てきましたが、2つ目のプロジェクトリーダーを抜擢するケースはどういった人がリーダーになるかによって成否が分かれる傾向で、外部から鳴り物入りでリーダーが抜擢される場合はややハードルが高くなりがちです。3つ目の外部コンサルに任せるパターンは着実に進めることはできますが費用はそれなりにかかります。コスト面や人材育成という観点で見ても日本の中堅リーダークラスを中国に派遣する1つ目の方法がやはり良いかと思います。

現地化や権限移譲の過程でこのような取り組みを進めるのも非常に有益ですが、事業環境が刻一刻と変化する中国では現地に精通している人材にいかに活躍してもらうかがやはりキーになってくると思います。

駐在員が役割を発揮するための本社の支援

---現地化や権限移譲にあたっては駐在員が本来の役割を発揮することが重要になると思うのですが、彼らが活躍するために本社はどのような支援を行うべきだとお考えですか。

 特に重要なのは、赴任戦略、赴任前教育、赴任後のキャリアプランの3つです。

まず1つ目の赴任戦略についてですが日本国内であればローテーション人事は機能すると思いますが、海外の戦略拠点だと今のマーケット状況においてどういう役割を担って何をしに行くのかがない、もしくは本人に伝わっていないと機能しません。現地の慣習・生活といった実務的な話ももちろん大切ですが、日本企業だと駐在員のミッションを事前に伝えられているケースは少ない印象です。事業環境に基づきどのような役割で赴任させるのかを定め、本人にきちんと説明出来ていることが大前提です。

そして2つ目の赴任前教育ですが、これは元駐在員の活用がポイントになると思います。元駐在員たちの経験はノウハウの宝庫なはずですが、残念ながらそのナレッジが言語化されていない。駐在員の方は日本に戻った後、異国のビジネス経験の記憶が薄れる前に、それを言語化することまでミッションにした方が良いかもしれません。もしくは赴任前に元駐在員を集めて座談会をしても良いかもしれませんね。駐在員の研修は赴任前にした方がよいと思いますが、赴任前にあれこれ言われてもよくわからない、実体験があって腹落ちするということもありますね。駐在員のノウハウや中国の歴史、中国人の特性といった基本情報を赴任前に伝えることも大切ですが、中国進出の背景から現在に至るまでの沿革や駐在員として担う役割を赴任前に細かく伝えるだけでも赴任後の動きは全然違ってくると思います。

赴任後の駐在員については現地でサポートをするしかありません。本社ができる駐在員のサポートは限定的かもしれませんが、経営会議で現地法人の売上の話をするだけでなく、現状や中長期戦略の確認といった売上以外の話を総経理と日本本社役員の間で話し合うなど間接的に支援をすることは出来るはずです。

そして3つ目の赴任後のキャリアプランについては、駐在員は海外で様々な経験をしていますが帰国後にその経験を活かしきれていないのはもったいないと感じています。もちろん組織やポジションにもよりますが、現地で数年間経営に携わる仕事をしていた人を、帰国後に特定の部門のミッションだけを考える部長職に戻すのは少しもったいないと感じる事もあります。同じ部長職でもさらに上位の仕事や経営に関わる仕事をしていただいた方が組織にとっても有益だと思います。また中堅クラスの駐在員であれば異文化や異国で学べたことがたくさんあると思うので、異国の地でのビジネス経験をまとめることは必ずしてもらいたいですし、経験をその後の仕事や施策につなげられるとさらに良いですね。

---赴任戦略についてはおっしゃる通り本社側でも見直せる余地はあるかもしれませんね。ローテーション人事ではなく事業環境や求められる役割に応じて駐在員を選ぶ場合、どのような人が現地法人で活躍しやすいとお感じですか。

 企業によって求められる人材は異なりますが、共通して言えるのは現地で本当に求められる能力は何か?という事です。例えば、「コミュニケーション能力」といっても中国語が完璧にできることよりも、拙い中国語でもいいので一生懸命コミュニケーションを取ろうとする力が求められていたりします。駐在員を選ぶ際には現地で求められている能力をいま一度考えてみてもよいかもしれません。

また、すごく基本的な事ですが現地の社員から尊重され信頼されることも大切です。現地社員の前でやる気のなさを見せたりしてネガティブな気持ちにさせる人も正直いらっしゃいます。仕事の前に人として尊重と信頼を得ることの大切さを理解できることが最低限求められると思います。

様々な駐在員の方々を見てきましたが、自らの役割や責任を果たすためにどうすればいいのかを考え行動できる人や、海外での駐在経験を成長の場と認識して今後の自分のビジネスに活かすことを前向きに考えられる人はどこでも活躍できると思います。

---Part1はここまでとなります。次回のPart2では、中国現地での人材マネジメントや育成に関してより具体的なお話をして頂いています。ご期待下さい!

金 鋭 / HRPコンサルタント
神戸で生まれ育った華僑三世。株式会社リクルートを経て創価コンサルティングに経営参加。株式会社インテリジェンスと合弁会社英創を設立。英創人材服務(上海)有限公司総経理、インテリジェンスアンカーコンサルティング総経理を歴任。その後フリーランスとして中国を拠点にHRPコンサルティングを中心に、コーチや研修講師としても活躍。
中国を拠点に25年。HR分野の経験は30年を越える。

聞き手
川崎 訓
balconia株式会社 上海オフィス副総経理
インテージチャイナの事業責任者を経てbalconia Shanghai副総経理。インテージ(東京)時代から一貫してグローバルリサーチに従事し、日系企業の海外マーケティングのサポートを続けてきた。中国でみてきた消費者は5,000人を超える。マーケティング理解に基づいた、消費者に対する深い洞察を得意とし、消費者インサイトを起点に戦略立案やクリエイティブへの提案を行う。