2023.07.07

ブランドに芸術という「コート」を着せた時——「GUCCI COSMOS寰宇古驰」コレクション展のご紹介

近年、多くの大手ブランドは商品を超えたブランド価値を追求しており、如何にしてブランドの歴史を蓄積し、ブランド資産を進化させていくかが次の課題となっています。最近では、美術展やアート展示会などを通して心の豊かさを求める消費者のニーズにあわせて、ブランドコンセプトを浸透させ、ブランド価値を高めるスタイルが一般的です。そして、今回GUCCIが上海で開催した「GUCCI COSMOS」コレクション展もまさにそれと言えるでしょう。

ところが、ブランドとアートを結び付けて優れたブランドストーリーを伝えるのは簡単なことではありません。ブランドが主催するアート展示会の多くは形式にとらわれたり押しが強すぎたり、残念ながら観客がアートを楽しむどころか、ブランドストーリーの美しさすら感じられないものになっているようです。

しかし、今回のGUCCIの世界巡回展「GUCCI COSMOS」は、評価される点がたくさんありました。全体の構成からディテールに至るまで、多くの部分で観客にブランドを印象づけることができました。今回はその「GUCCI COSMOS」についてご紹介していきたいと思います。

円形で演出するストーリー

「GUCCI COSMOS」コレクション展は「円形」をメインテーマにグッチの世界観を演出しています。「COSMOS」には「宇宙」や「地球」という意味があり、今回のコレクション展のロゴもGUCCIのイニシャル「G」と地球の円形を組み合わせたものからなっており、無限の可能性を連想させます。

画像出典:「GUCCI COSMOS」オフィシャルサイト

コレクション展全体の構成においても、左右対称の円形や同心円状のデザインが多く見られました。形状デザインの円形だけでなく、「円形」は一貫してブランドストーリーを語る際にも使われているコンセプトです。

最初に目の前に現れる展示ホールはトランスポートステーションというエリアで、同心円状に設計されています。内側に3 つの円形bのベルトコンベアが設置され、そこにはGUCCI ブランド初期のシンボルであるトラベルバッグが展示してあり、GUCCIの創設者が初めて勤務したサヴォイホテルへの敬意を表すためでもあります。そして、最後の展示ホール、スカイパレスは2つの円形ドームを重ね合わせたデザインになっています。ドーム内では、過去から現在までのGUCCIのブランドストーリーやデザインが連続再生されており、GUCCIの世界観にどっぷりと浸ることができます。この作品はGUCCI発祥の地フィレンツェのサンタマリア デル フィオーレ大聖堂からインスピレーションを得ており、進化し続けるGUCCIのブランドストーリーですが、原点を忘れず立ち返るという意味合いを持っています。ストーリーテリングの観点からも「円」をコンセプトに一貫性を持たせることを意識したものになっています。

画像:展示ホール トランスポートステーション
画像:展示ホールスカイパレス

全体の一貫した構図に加え、ハイクオリティーな光と影による演出も特筆すべき点です。展示ホール「疾駆」に展示されているGUCCIを象徴する乗馬から連想する疾駆する馬や、高さ10メートルもある巨大なモデルが身に着けているGUCCIのクラシックスーツが光と影によって変化したり、没入型の3D映像やGUCCIのインスピレーションデザインなど全てにおいて、その繊細なイメージ表現とディテールへのこだわりに思わず目を見張りました。今回のコレクション展のために費やした莫大なエネルギーや資金だけでなく、GUCCIブランドのコレクション展への強い思い入れが感じられました。同時に、高級ブランドであるGUCCIの揺るぎない実力が証明された作品でした。

画像:展示ホール「偶」
出典:「GUCCI COSMOS」オフィシャルサイト
画像:展示ホール 「疾駆」
出典:「GUCCI COSMOS」オフィシャルサイト
画像:展示ホール コレクション館

「GUCCI COSMOS」コレクション展はアート展として多くの貴重なコレクションが展示されている以外にも、1930年代から1940年代の歴史を感じさせる貴重な手描きのデザイン画やマテリアルも多数展示されています。コレクション展の趣を高めるべく、アートに浸りながらサプライズを楽しんでいただけるよう、主催者が特別に用意したものです。

画像:展示ホール コレクション館 引き出しに入っている特典
出典:「GUCCI COSMOS」オフィシャルサイト

「円形」を通じてストーリーを完成させることで、GUCCIが今回のコレクション展を単にブランドマーケティングとしてたけではなく、持続的な成長に向けて、歴史的価値と芸術素養を持つ自社イメージをアピールしていることが感じられました。今回のアート展はブランドが着る「コート」の如く、ブランドの個性や世界観を上品に表現しています。

ブランド本来のコンセプトを浸透させるために「赤裸々」にブランドコンセプトを語るのではなく、芸術という「コート」を着せて、ブランドの「個性」をより繊細かつ鮮やかに表現する。これはまさに多くの大手ブランドが目指していることでもあります。

中国市場が好む「コート」を着せよう

では、質が高く芸術的センスがあるだけで優れたブランドストーリーを語れるのでしょうか?実際はそうではありません。中国市場において、目がどんどん肥えていく中国消費者の共感を得るのはとても難しくなっています。

近年、国潮の流行に伴い、中国の若者の自信と民族としての誇りは大きく高まりつつあります。ブランドストーリーを語る上でブランドと中国文化を如何にして融合させていくかが極めて重要な課題となっています。

今回の「GUCCI COSMOS」コレクション展も同様に、いかにして中国文化との融合を実現させるかがアート展のアピールポイントになっています。

まず、世界巡回展の最初の都市として中国の上海を選んだことからもGUCCIが中国市場に重点を置いていることが分かります。これは一昨年のGUCCI 100周年展示会での決定事項でもあり、著名な文化人である陳冠中氏もアート展の中国語のネーミング提案をしたそうです。

展示ホールのうち、中国文化との融合が最もうまく表現されている所といえば、間違いなくインスピレーションギャラリー展示ホールです。

画像:展示ホール インスピレーションギャラリー

この展示ホールでは、 GUCCIのクラシカルなファッションをまとった 32 体の人型モデルが列を成してゆっくりと動き、1970年代から現在に至るまでのファッションにおける GUCCI のインスピレーションと美学を表現しています。インスピレーションギャラリーの外枠には、さまざまな中国風の動植物が描かれているスライドする透明な仕切りガラスがあり、GUCCIのクラシックファッションと中国風の動植物がうまく融合しています。中国と西洋では異なる美学やスタイルが存在しますが、GUCCIの代表的なモチーフの花、鳥、魚、昆虫が、中国神話に出て来る生き物、植物の美しさと調和しており、まるで時空を超えて対話しているかのようです。中国と西洋の異なった美学がぶつかり合いながらも、不思議なほど上手く融合しています。

この透明な仕切りガラスは、倪傳婧、张文绮、健美糖(李健美)と咖喱牛など中国人アーティストによって創られました。GUCCIが彼らと連携したのも、中国文化との融合を実現すると同時に、一西洋のブランドとして誠意を表すためでもあると考えられます。

芸術という「コート」を着せる際、自分自身が心地よいと感じるだけでなく、他者の共感を得ることも大切です。中国市場で自分の魅力をアピールするのであれば、中国人の好みに合わせた「コート」を選ぶ必要があり、過度な自負に盲目的に従うのではなく、中国の消費者の好みを把握し、独自のスタイルを取り入れることが、アートを通じて優れたブランドストーリーを伝える鍵となるのではないでしょうか。

最近では、多くの大手ブランドが中国を中心にマーケティング戦略を策定しています。アート展を通じて如何にして中国消費者とのコミュニケーションを強化していくのか、ブランド側は模索し続けています。芸術と美学の観点から、中国の消費者はまだまだ初期段階にあるため、お互いに寄り添いながら、相互理解を深めていく必要があるのです。

「GUCCI COSMOS」コレクション展はブランドとアートを統合した素晴らしい体験でした。ですが、いくつか改善の余地もありました。

例えば、トランスポートステーションの解説スタッフが明らかに不足している点や、スカイパレスには一度に 5 ~ 6 人しか収容できないため、観客の待ち時間が長くなり、鑑賞体験がうまくローテーションできないなど、少し残念な部分も見受けられました 。

ただ、今回のアート展に関してもっとも重要なことは、アート展を通してGUCCIが自分に合う、同時に中国消費者を満足させる「コート」を選んだことにあります。高級ブランドならではの魅力をアピールし、ブランドストーリーを語り、消費者に没入型の美的体験をもたらしました。

アートとブランドの融合に関して、GUCCI以外にも多くの大手ブランドが実践しています。ご興味がございましたら、ぜひ他のブランドアート展にも足を運んでみてください。お気に入りの「コート」に出会ったり、インスピレーションが湧いたり、ブランドストーリーに共感を覚えたりするかもしれません。