2023.07.24

2023 UNFOLDアートブックフェア 語り合い、響き合う

アートブックフェアは書籍だけではない

「アートブックフェア」といえば、アートと関連のある書籍の展示会を思い浮かべがちですが、実は、それだけはありません。「アートブック」は海外で生まれた概念で、従来の本だけでなく、ZINE、ハンドメイドブック、ハンドメイドプリント等の紙やアート作品などを含んでいます。世界的に見ても、アートブックフェアはその街を代表する「名刺」にも似たものと言えます。町の視覚文化、若いアーティスト、ビジュアルデザイナー、イラストレーターたちの創作活動をアピールすると同時に、アート系書籍及び文化デザイン出版業界のイノベーションと発展を推進する役割を持っています。

中国の一級都市や二級都市では、独自のアートブックフェアを開催しています。例えば、上海の「UNFOLD アートブックフェア」や広州の「BIGGER アートブックフェア」、「inD アートブックフェア」、北京の「GUARDIAN国際アートブックフェア」、成都の「A4アートブックフェア」などがあります。中には、「Unfamiliar Art Book Fair」のように、北京だけでなく、上海や深センなど複数の都市で開催されているものもあります。「abC Art Book Fair」も同様に上海と北京で開催されました。この他にも、西安の「XABアートブックフェア」、「南寧アートブックフェア」、「武漢アートブックフェア」など、都市のアート性や革新性を刺激し、様々な文化交流を促すために、独自のアートブックフェアを積極的に開催する都市がどんどん増えています。

画像:アートブックフェアの歴代ポスター
画像出典:Baidu

昨年一年間休止となったUNFOLDアートブックフェア、今年は一段と盛大な規模での開催となりました。

先月閉幕した上海「UNFOLD アートブックフェア」は2017年に設立された書展で、アーティストブックやインディペンデント出版物を手掛ける中国初のアート&デザイン書店「香蕉鱼(バナナフィッシュ)書店」が発起人・主催者として開催しています。昨年はコロナの影響で1年間の休止を余儀無くされましたが、今年は6月9日から11日まで上海の星美術館(START Museum)で開催されました。これまで以上に規模が拡大し、国内外からの合計230社が出展しました。開催期間中に30回の講演会、10回のワークショップ、8つのテーマで展示が行われ、さらに、優れた出展者に対しては4つの賞が与えられました。

「UNFOLD アートブックフェア」は午後2:00から開始となり、2:30の時点ですでに星美術館の入り口には長蛇の列ができていました。多くの来場者が訪れたため、止むを得ず入場制限を行うなどして、入場できるまで1時間半近くかかりました。午後4時の時点すでに800名が来場し、当日は最高気温が34度を越すという猛暑日にもかかわらず、皆さんのアートに向ける情熱は夏の暑さに負けないくらい熱いものとなっていました。

面白いアイデアは魅力に溢れ、面白い魂には伝染力がある

各展示ブースはまるで独自の磁場を持つ小さな惑星のようで、同じ波長を持っている人々を惹きつけます。今までと違って、私もぶらりと見て回るのではなく、興味のある作品に直接向かい、作品がどのように作られたのかについてアーティストたちに話を聞いてみることにしました。直接製作者に効くことでコンセプトや内容が伝わってきますし、コアチームメンバーも心を込めてスタジオストーリーを語ってくれました。彼らの熱い気持ちと素晴らしいアイデアに共感することができました。 

1. AIを活用した集客でレッドブックのフォロワーが急増

出展者の名刺のデザインは相変わらず個性的で、隣の作品よりも名刺のほうを手に取ってみたいと思うときさえあります。とりわけ今年はAIの導入によって、新たな動きが見られました。例えば、名刺の裏面には予めAIへの指示文が印刷されており、表面にはそのAIの指示文によって生成されたイラストが印刷されています。異なる指示文によって生成されたイラストがいくつもあり、私みたいなAI作画の分野に興味を持っている人であれば、きっとこの名刺に惹きつけられることでしょう。
最近はほとんどの出展者がショートムービーの投稿が出来るレッドブックのフォローを推しています。公式アカウントのフォローを推す出展者もいますが、例年に比べるとその数は明らかに減少傾向となっていました。

2. 静かに広がるコンセプト「ローカル」

会場はそれほど広くないのですが見通しがよく、ブースが回りやすくなっているので、自分の好きなビジュアルも目に留まりやすくなっています。たとえば、「PAPERSKY」という日本の雑誌がありますが、数メートル離れたところからでもお気に入りの日本風のデザインと色の組み合わせに思わず目を奪われてしまいました。

画像:「PAPERSKY」ブースに並べてある雑誌とポストカード

出展者に話を聞いてみると、「PAPERSKY」の創刊者はアメリカ人で、日本に旅行に行ってそのまま10年以上住み続けていたそうです。この雑誌は年に 2 回、すでに60 期発行され、 「ローカルスロートラベル」に焦点を当てています。このフレーズはとても受け入れやすく、頭にスッと入ってきました。すぐにレッドブックをフォローしてみると、「ローカル」、「スロー」、「トラベル」など、どれをとっても私に刺さる言葉ばかりでした。

この雑誌は独自の視点で世界を観察することによって、その地域に秘められたローカル精神を紹介していて、コンテンツには地元の文化、創造的な仕事、自然との共存、生活などが含まれています。また、この雑誌が主催するサイクリングアクティビティも定期的に開催されており、日本各地を旅して、その地域で生まれ育った人々に出会い、地元の食、文化、ライフスタイル、自然を探求しています。

画像:「PAPERSKY」サイクリングのイベントポスター
画像出典:PAPERSKY Japan Stories レッドブック

実は近年、「地域文化」や「ローカルトラベル」といった概念は中国でも芽生え始めてきています。数年前から始まった景徳鎮の「浮梁芸術祭」は日本の「大地の芸術祭(越後妻有地域で開催)」を参考にしています。特に近年では、無形文化遺産が徐々に重視されるようになり、アートギャラリーやコーヒーショップ、ブティックなどにも無形文化財が姿を見せるようになりました。都会を離れ故郷に戻って家を建てたり、畑仕事を始めたりするなど、スローライフを始める若者が増えつつあります。このように地元の人や物をじっくり感じ取ることもある種の「ローカル」的な表現だと言えます。

3. ランチから掘り起こす「生活の哲学」

あるブースでスクラッチカードをしている光景に好奇心を駆り立てられました。 それは「SOTO」という雑誌で、まだ1期しか発行していなく、展示会に初参加なのですが、スクラッチ抽選という方法を採用したことで、出展者の中でも一際目立つ存在となっていました。また、デリバリーのパッケージ袋も出展者の中で特別な存在感を放っていました。中国の若手サラリーマンはランチをデリバリーするので、雑誌創刊号のテーマである 「お昼は何を食べますか」がとてもよく伝わります。

「お昼何食べる?」という質問はきっとサラリーマンなら少なくとも1 日に 1 回は自問自答するのではないでしょうか。「私は誰?」「ここはどこ?」「これからどこへいく?」という哲学における 3 つの質問と同じように、とても現実味があり、深く共感できます。

こちらは日常生活に焦点を当てた雑誌で、ぱっと見は目立たないのですが、中身を読んでみるとものすごいコンテンツ力があり、優れた作品となっています。 写真家、日本の学者、音楽クリエイター、世界各国から集まった7名の監督及び各分野のクリエイティブマン、分野のことなる学者4名などが集まり、雑誌の制作に携わっています。また、日本食レストラン「FINE」、上海のトレンドが集まるストリートの「安福路」にあるフレンチレストラン「brunch RAC」、「CHIMIDO(农场餐厅柴多米)」、アウトドアエステティックレストラン「YANWAI(檐外)」と連携し、上海を代表するレストランの創業者が美食の裏にあるストーリーを語ってくれています。

デリバリーランチから地域、歴史、文化に思いを馳せるのです。毎日「お昼何を食べようかな」という悩みをお持ちの方やグルメ好きな方、きっと気に入っていただけると思います。

他にも、小さな幸せを感じる瞬間がたくさんありました。例えば私は7年前にクアラルンプールのairbnbに泊まったことがあるのですが、その施設のオーナーはマレーシア人のイラストレーターでした。そして今回の展示会で偶然再会することができました。彼は「君は私が中国の展示会で再会した二人目のゲストです。」と言ってくれました。他にも、私が長年読んでいる雑誌「LOST」が主催するオフラインワークショップで「一冊の本でできるストーリーテリング」が出版されていたことや、9 月からイギリスの学校に通うという 10 代の少年からCityWalkに関するプレゼントをもらったりと、散策する理由となる小さな幸せをたくさん感じることができました。

左:雑誌ブース「LOST」のポスター
右:CityWalkのコンセプトを提唱する蘇州スタジオ「豆浆」

会場を一周し終わることには、頭の中は情報で溢れ、創作ややってみたい事のアイデアが次々と湧き出てきました。出版物を作ってみたいな、富士山の麓でラーメンを食べたいな、適当に電車の切符を買ってCityWalkしてみたいな…などなど。暑さで疲れた身体とは対照的に、気分はとても満足するものとなりました。

最後に

アートブックフェアは、ビジュアル コミュニケーション、クリエイティブなコピーライティング、デザイン、ヒューマニズム写真、ニッチなイラストレーションなど同じ専門分野の人々と関わり合いながら、共感の共通点を見つける場所だと思います。特に面白いのは、個性の異なるアーティストによって作風も表現方法も変わるため本当に多種多様です。「本」という媒体を介して自分の思いを観客に伝える場合、自由かつ多様であるがため、相手によって認識も理解度も違ってきます。 また、ほとんどの場合、ユニークな作品は量産化できないため、希少価値の高いものになっています。
このようなイベントに参加することで、今時の若者をより深く理解できますし、洞察も深まります。今後も興味深い展示会やホットな話題をご紹介していきますので、中国の若者が注目しているライフスタイルや消費トレンドについて一緒に見ていきましょう。

最後の最後に、私が今回ゲットしたコレクションをご覧いただけたら幸いです。