2023.08.31

中国神話映画「封神」、スターに頼りすぎない異例の制作スタイルとは

映画宣伝ポスター
画像出典:https://baijiahao.baidu.com/s?id=1768462623172041829

7月公開された中国の古代神話の一つである映画「封神第一部」(以下、封神)は、ソーシャルメディア上で大きな話題を巻き起こしました。8月30日での興行収入は24億人民元(約480億円)に達しました。
公開初週の興行成績は非常に悪くて、ソーシャルメディア上では前例のない「感嘆」と「不安」の声が広がっています。多くの観客は映画制作が素晴らしく、俳優の演技も優れていると感嘆する一方で、第一部の興行成績が思わしくない場合、第二部や第三部の公開が見送られるのではないかと心配しているようです。中には自発的に映画の宣伝に協力する人や、映画を3回、4回と何回も鑑賞した人もいました。

左:《封神》を3回鑑賞した観客が感想を述べている
右:《封神》を4回鑑賞した観客が感想を述べている
画像出典:RED

映画「封神」は中国神話「封神演義」を原作に、30億人民元という巨額の製作費を投じた壮大な映画であり、監督の乌尔善氏(ウー・アルシャン)が9年かけて3部作として製作し、7月20日に第1部が公開されました。実は企画段階から中国版「ロードオブザリング」と呼ばれ、「ロードオブザリング」のプロデューサーであるバリー・オスボーンが顧問として招かれました。

左:映画《封神》のポスター 右:映画《ロードオブザリング》のポスター
画像出典:https://baijiahao.baidu.com/s?id=1773290383480027797

残念ながら私には30億人民元という投資金額に対して漠然とした概念しか持っていませんが、この映画の裏側にある制作過程のストーリーに敬意を表します。

1万5000人の中から選ばれたのはわずか12人、私が知る限り最も厳格なキャスト選抜の映画である

映画のキャスト募集は2017年2月から始まり、対象は全世界の華人で、年齢は16歳から25歳まで厳格に制限されました。オーディションは1万5000人からスタートし、製作チームが中から1400人を選抜した後、監督が自ら面接を実施、最終的に選ばれたのはたったの20人だったそうです。しかし、これは始まりでしかなく、彼らは半年間の集中トレーニングを受けなければならず、素人たちはやがて役者としての道を歩み始めるのです。
監督の上古の武士気質というリクエストに応じるため、役者たちは集中トレーニングで演技の基礎以外にも、古代の人々みたいに「礼、楽、射、御、書、数」の「君子六芸」も習得しなければなりませんでした。

オフィシャルサイトが公開しているスチール写真
画像出典:https://baijiahao.baidu.com/s?id=1773088099950965734

映画の主役「姫發」を演じた于适氏はインタビューでトレーニングキャンプの管理が非常に厳しいと話していました。週に1日しか休みがなく、毎日朝5時に起床してジョギング、その後は馬術、射撃、アクション、古代史、礼儀作法など、多岐にわたるトレーニングを受けていたと述べています。また、集中トレーニングでは高い強度のトレーニングを取り入れているため、途中で耐えられなくなり辞退する人もいたそうです。

左:《封神》の主役である姬发の宣伝ポスター。右:集中トレーニングの時間割表
画像出典:https://baijiahao.baidu.com/s?id=1773290383480027797

実は、これは監督が最初から人気俳優を起用しない重要な理由でもありました。強度の高い集中トレーニングに加え、1年半にわたる撮影の期間中は他社からのオファーを受けることができないので、これはほとんどの人気俳優にとって受け入れ難い条件なのです。また、主演がスター俳優ではないため、映画公開の初期は注目度が低かったのもこれが原因だと考えられます。

映画の撮影のために、スタッフ2000人が封神大殿の製作に取り組んだ

大規模な映画セットは作業量も膨大でした。感動的なシーンを作り上げるために、制作チームは青島にある6000平方メートルのスタジオ内に龍徳殿(封神大殿)の室内セットを組み立て、2000人を超えるのスタッフや職人を動員し、時間と労力をかけて4ヶ月半かがりでようやく完成しました。

《封神》撮影スタジオ龍徳殿内の様子
画像出典:https://m.weibo.cn/detail/4928048145633116

龍徳殿の制作に費やされた工数はなんと35000時間でした。まず、中央工芸美術学院の彫刻家が下絵を描き、次に、安徽省歙県および浙江省東陽市の木工職人が加工を施します。それから、下絵をもとに複製と組み立てを行い、最後に金箔や彩色などの装飾を施していきます。セットの制作に関わったスタッフは最も多いときで1500人、そのうち木工職人だけでも800人以上いました。龍徳殿全体は古風な木の色で、柱には美しい彫刻が施されています。足元の石畳にも複雑な饕餮文(青銅器によく見られる文様の一つ)が彫刻されています。また、殿内に3000個の油灯があり、撮影時数十人の照明スタッフが必要でした。

撮影時、綺麗な油灯がたくさん飾られている
画像出典:https://m.weibo.cn/detail/4928048145633116

今、映画の撮影はすでに終了しているので、作業スペースを空けるために人民元1億元以上かけて造られた封神大殿を解体しなければならないのですが、これほど壮大なセットが取り壊されてしまうのはとても残念に思います。このセットのために汗水垂らして一生懸命に取り組んだ職人さんたちを尊敬しています。ディズニーやユニバーサル・スタジオなどの企業はヒット映画を通じてテーマパークや派生商品を販売するのに対して、「封神」は映画そのものに焦点を当てていることがうかがえます。

一枚の布地に7層の工程が施され、衣装や小道具は博物館のコレクションに匹敵する

元末明初の水墨画に基づいて、殷商時代の歴史を結びつけ、監督と美術チームは現代の美意識に即した古典的な視覚システムを構築しました。衣装や小道具は古代の絵画や文化遺産からインスピレーションを得て、伝統的な無形文化遺産工芸や現代の科学技術を用いて作られており、思わず息を呑むほどの美しさです。

道教の水陸画を参考にした衣装デザイン
画像出典:オフィシャルサイト宣伝動画「服装道具特集」

衣装チームは1ヶ月以上かけて調査を行い、山西省や河南省などの博物館を訪れ、10人の画家に1000枚ものデザインスケッチを描いてもらいました。さらに、非物質文化遺産の村落を見つけ、そこには手刺繍の女性職人がたくさん住んでおり、彼女たちに映画用の衣装を製作してもらいました。
すべての小道具が博物館に展示されている本物の展示物に見えて、質感と美学は文物と同等レベルに達するようにという監督のリクエストに応えるため、姜皇后の即位式シーンの衣装製作だけでも8〜9ヶ月くらいかかり、一枚の雲肩を仕上げるのに少なくとも7つの工程を施すなど、約300人が作業に取り組みました。

姜皇后の即位式のシーンで使用された雲肩のディテール写真
画像出典:オフィシャルサイト宣伝動画「服装道具特集」

これらの豪華な衣装に多額の費用をかけているにも関わらず、映画鑑賞の際、ディテールに気付く観客はほとんどいないかもしれません。ビジネス的な観点から見ると、お金をかける価値がないようにも思えます。ですが、監督の狙いは衣装の質感を通じて俳優たちが役に完全に没頭できるように、自分たちがあたかもその時代を生きる王や王妃であるかのように信じ込んでもらいたかったのです。俳優たちも自分たち演技力を高めるのに大変役に立ったと話していました。

最後に

個人的な見解ですが、映画「封神」は短期的利益最大化を追求していないのではないかと考えます。しかし、文化的歴史や映画美学的な観点から見れば、この映画は中国映画業界の開拓者であり、俳優や産業に与えたポジティブな影響は計り知れません。映画は単なる娯楽だけでなく、文化の伝承や精神的な満足を得るためでもあるのです。