身体の「閉じこもり」ではなく、メンタルの「ひきこもり」
皆さん、こんにちは。お久しぶりです、Evelynです。
少し前に、私はこれまでの人生の中で最も深刻な病気にかかり、11日間入院しました。普段健康なほうだった私は非常に大きな打撃を受けました。
入院生活は辛くて退屈でしたが、その間に起こった出来事を皆さんとシェアしたく、楽しんでいただければと思います。
入院生活中の唯一の楽しみ
私の病気はアレルギー性皮膚炎でした。疲労と免疫力の低下に加え、空気中を漂うウイルスに感染して、原因不明の急性アレルギーを発症しました。2回ステロイド注射しても効果がなかったので、医師に入院治療が必要だということを告げられました。
アレルギーが発症すると全身が熱くなり痛くてかゆいのです。痛みは我慢できますが、かゆみは本当に耐え難く、無数の小虫が体を這い回っているような感じです。このかゆみを我慢して掻かないようにしなければならず、掻いてしまうと症状が悪化してしまうからです。夜は痒くて目が覚めることが多く、食欲も全くありませんでした。寝不足と栄養不足で、短期間で数キロも体重が減りました。楽観的に考えれば、これはダイエット中の私にとってある意味では「災い転じて福となす」と言えるかもしれません。
長い入院生活は本当に退屈で、身体の痛みから気をそらすために何か楽しみを見つけようと思いました。人間は自分で楽しみを見つけられる生き物なので、私の場合、周りの人々を観察することが楽しみでした。
私の病室は三人部屋で、他に二人の高齢者が同室していました。お二方はそれぞれ異なる程度のアルツハイマー病を患っており、一人には家に常駐している家政婦さん、もう一人は病院で雇った介護士さんが付き添っていました。
介護の仕事をしている二人の関係は良好で、どちらも地方から上海に出稼ぎに来ており、年齢も近く、仕事の内容もほぼ同じでした。休息時間が重なることも多く、二人が一番楽しんでいたのはスマホでTikToKをみることでした。
中国では一部の人は他人をへの気遣いが苦手で、スマホ動画をスピーカーで視聴する問題が深刻です。この二人は対人援助サービス従事者でありながら、他人に迷惑をかけないことへの意識が薄いようです。私は病室の騒音でゆっくり休めず困っていましたが、これもまた他人を観察する良い機会となりました。
TikTokは中国で老若男女問わず多くの人が利用しており、幅広い客層を獲得しています。しかし、私が驚いたのは、家政婦さんと介護士さんは年齢、性別、教育水準及び仕事の内容まで非常に似ているにもかかわらず、TikTokのおすすめ動画が異なっているという点です。厳密に言うと全く違うというわけではないのですが、推しポイントが違うようです。
家政婦さんと介護士さんが見ているおすすめ動画の多くは、大都市の出稼ぎ労働者の苦労やサービス業に従事する人々の生活の大変さなどに関するもので、この部分はほぼ同じコンテンツです。異なる部分は、家政婦さんには純情な若いお手伝いさんと一人暮らしの高齢者の恋愛劇場、そして、介護士さんには病院の看護師と医者のプライベートやゴシップ劇場といった内容の動画です。TikTokの低俗なコンテンツには呆れていますが、私にとって興味深いのは異なるユーザーに対して興味がありそうな動画を正確におすすめ表示するアルゴリズムです。
ユーザーの好みや使用パターンから、類似するコンテンツをそのユーザーにおすすめ表示して、より正確にユーザーのプロフィールを描き出すことができます。たとえ仕事の内容などが非常に似ている2人のユーザーでも、動画の視聴傾向や好みによって区別することができるのです。つまり、普段は勤勉に働く家政婦さんなのですが、実はゴシップドラマを好み、見た目は寡黙でおとなしそうな介護士さん、実は噂話が好きな人だったというように、周りの人々の知られざる側面が見えてきました。また、ユーザーの滞在時間が長いほど、自分が興味を持っている動画しか表示されなくなり、他分野のコンテンツに触れることが難しくなるということです。
ここで「情報茧房(情報の繭:インフォメーション・コクーン)」という言葉が登場します。大規模なアルゴリズムを使ってユーザーの好みを正確に捉えられるプラットフォームほど、情報の繭に陥りやすくなるのです。特にTikTokのような、一度に1つの動画しか表示しないかたち(従来の動画アプリは1画面に複数の動画を表示し、興味がある内容を自ら選ぶことができる)ではその傾向が顕著です。没入型の体験は良いものですが、画面上で複数の選択ができないため、興味のない動画が表示された場合は上にスワイプして次の動画を表示させるしかなく、好きな動画にたどり着くまでその繰り返しになります。
病院の病室で唯一の娯楽がまたもネット上の情報の繭に閉じ込められることだなんて、同じことを繰り返している状況に思わず苦笑してしまいました。
アルゴリズムと情報の繭
では、情報の繭とは何でしょうか?
端的にいうと、人々が情報という小さなバブルの中に閉じ込められ、自分と異なる意見や考え方に触れることができず、自分と同じ考えを持つ小さなコミュニティにだけ「没頭」している状態のことです。
その結果、だんだん盲目的な自信を持つようになったり、さらには自分が見ているものが現実世界そのものだと思い込むようになったりします。これはまさに井の中の蛙状態ですね。
そして、アルゴリズムを用いてユーザーの好みを正確に捉えることができる動画アプリは、情報の繭作りに非常に長けています。
最近、TikTokのおすすめ動画はアルゴリズムを使用してユーザーを正確にターゲティングし、ユーザーが見たいコンテンツだけを表示するだけでなく、動画のコメント欄も同様にアルゴリズムを使ってユーザーの好みや他のコメントへの「いいね」などを通じて、そのユーザーがどのようなコメントを好むかを判断し、コメント欄にはそのユーザーが好きそうなコメントが優先的に表示されていることが発見されました。つまり、多くの人が同じ動画を見ていても、表示されるコメントが全く異なるということに気づいたのです。特に、論争を引き起こすような動画の場合、アルゴリズムの優先表示によってコメント欄で激しい議論になることさえあります。
自分が見たい動画や好きなコメントばかり見ていると、ますます自分の小さな世界に閉じこもり、自分の考えが正しいと思い込みがちです。コメント欄に同じ意見を持つ人が多いので、自分が支持されていると感じ、どんどん狭隘で偏った考えを持つようになります。そして、想像上のユートピアの中でしか生きられなくなるのです。
これはちょっと恐ろしい話ですよね。ではなぜこれらの動画アプリで情報の繭現象がますます深刻になってきているのでしょうか?現在のところ、ユーザー増加はほぼ飽和状態に達しており、新規ユーザーの獲得よりも既存ユーザーの維持が各動画アプリの課題となっています。そして、アルゴリズムを使ってターゲッティング精度を上げ、ユーザーの滞在時間を伸ばすことがこの課題を解決するための最も効率的な方法だということになります。
アルゴリズムの出現は言うまでもなく天才的なアイデアであり、ユーザーが求めている情報を正確に集め、興味のある分野に集中させることができます。しかし、これは諸刃の剣でもあり、過度な情報の集約によって判断力が低下したり、極端で盲目的な思い込みに囚われることもあります。自分ではなかなか気づきにくく、一度情報の繭に陥ると抜け出すのは非常に困難なのです。
ここまで読んで、情報のバブルを打破し、再び自己判断力を取り戻すにはどうすればよいのかと思うかもしれません。次回この問題についてさらに詳しくお話しさせてください。