2025.05.09

「法外の狂徒*」蜜雪氷城

もし、あなたがいつも通っている飲食店の食品安全問題が暴露されたら、あなたはどんな反応をしますか?多くの人は、驚きや悲しみ、信頼していたのに裏切られたという怒りを感じたり、もう二度と行かないと心に決めたりするのではないでしょうか。しかし中国の飲食店「蜜雪氷城」の場合、消費者の反応は違ったようです。メディアで食品安全問題が暴露されると、ネットユーザーたちはこぞって蜜雪氷城の無実の罪を晴らそうとしました。そして、315(消費者権益デー)の厳しい監視のもと、「法外狂徒*」となったのです。

*法外狂徒:中国語で、法律や規則に従わず自分勝手な行動をする人を指す言葉

蜜雪氷城(内モンゴル・赤峰市の店舗)
画像出典:蜜雪氷城オフィシャルサイト

「蜜雪氷城」とはいったい何者なのでしょうか?なぜ消費者たちが「ストックホルム症候群」にでも陥ったかのように蜜雪氷城を庇うのでしょうか?

簡単に言うと、蜜雪氷城は中国で最も人気のあるティードリンクチェーンのひとつで、低価格と親しみやすいイメージで知られています。2元(約40円)のアイスクリームや4元(約80円)のレモンウォーターが定番商品です。中国全土に展開しており、特に三、四級都市や県レベルの都市に多くの店舗を設置しています。現在国内外の店舗数は3万店を突破し、マクドナルドの店舗数を超えています。

ここまでお読みいただいたあなたは、もう蜜雪氷城についてある程度イメージが湧いてきたのではないでしょうか。では、蜜雪氷城は中国でどのようにして人気を博したのか、一緒に見ていきましょう。

4月20日カザフスタンに蜜雪氷城1号店を開業しました。
画像出典:蜜雪氷城オフィシャル

ターゲットは小さな町の若者

蜜雪氷城は創業当初から、地方の低価格ブランドとして自らを位置付け、世界各国で展開している3万以上の店舗のうち、その半数以上が客単価10元(約200円)未満の三線都市以下のエリアにあります。小さな町や県の学校の近くで蜜雪氷城の姿をよく目にします。特に大学の敷地内にある店舗は多くの学生に支持されてきました。お金がない学生たちにとって、当時1元(約20円)で買えるアイスクリームは彼らの生活に「手が届く幸せ」をもたらしました。このようにして蜜雪氷城は多くの学生や労働者に支持され、地方都市で根づき、広がっていきました。とはいえ、当時の蜜雪氷城は安さの象徴でしたから、「チープ」「安かろう悪かろう」というのが第一印象でした。では、いつから蜜雪氷城ブームが中国全土を席巻するようになったのでしょうか?

「消費のダウングレード」の波に乗ることに成功

ここ数年の中国経済の低迷に伴い、SNSでの流行は「見せびらかし」から「節約」へと変わり、「消費のダウングレード」が話題となりました。SNSでは以前使っていた高級品の代替品として使える商品のまとめが人気を集めています。例えば「以前は数千元のラメール(高級化粧品)を使っていた人が、今は十数元の大宝*(庶民派スキンケアブランド)を使っている」、「以前は何万元もするシャネルのバッグで通勤していた人が、今はトートバッグだけ」、「以前は香水を全身にふりかけていた人が、今は『高いから他人に匂わせるのがもったいない』と鼻の下にしかつけなくなった」などが例としてあります。その中で、飲み物カテゴリーで最も言及されたのが「以前は30元以上するスターバックスを飲んでいたけれど、今は蜜雪氷城しか飲まない」です。

*大宝:シニア世代女性に愛されてきた中国の国民的スキンケアブランド。価格帯は15元(約300円)前後と非常に手頃。

2024年1〜11月、北京と上海の小売売上高は前年比で減少しており、消費者はますますお金を使わなくなっています。
これも消費のダウングレードの表れです。
画像出典:インターネット

蜜雪氷城は「安かろう悪かろう」の象徴から「コストパフォーマンス」の代名詞へと見事に変身し、以前はハンドドリップコーヒーしか飲まなかった高級志向の人たちさえ、蜜雪氷城は安いわりに味も悪くないと気づき始めました。1杯20元(約400円)前後が相場のティードリンク界では、庶民にとって蜜雪氷城だけが「ミルクティーを自由に飲める」唯一の場所となっています。消費のダウングレードという新時代の到来とともに、蜜雪氷城は絶頂期を迎えました。

ダサかわ雪王の「洗脳マーケティング」

「蜜雪氷城と聞いて思い浮かぶものは?」と聞かれると、ほとんどの中国人はおそらく店舗で流れるあのBMG、「你爱我我爱你,蜜雪氷城甜蜜蜜(あなたは私を愛し、私もあなたを愛する。蜜雪氷城、とてもスイート。)」と言うでしょう。店内で延々と流れる中毒性のあるメロディと歌詞は、一度聴けば思わず口ずさんでしまい、長い間頭から離れません。店舗そのものが「生きた広告」となり、通りすがりの人々の記憶に強い印象を残しています。

この「洗脳BGM」だけでなく、蜜雪氷城のマスコットキャラクター「雪王」もZ世代における「ダサかわいい」SNSスタンプの王者となっています。蜜雪氷城はこのIPを使って積極的にマーケティングを進め、黒スキンへの変更、逆立ちシャンプー、ストリートダンスなど、様々な奇抜なプロモーション施策を展開。雪王をおバカキャラとして定着させ、蜜雪氷城の「親しみやすさ」をさらに強化してきました。

香港証券取引所の上場セレモニーで、蜜香の社長のかわりに「雪王」がさまざまなスキンを着て登場しました。
画像出典:インターネット

低価格は最大の免罪符

今年の「315(消費者権益デー)」期間中、メディアが「蜜雪氷城が前日のレモンを使いまわしている」と暴露しました。しかし、この報道は蜜雪氷城の「炎上」にはつながらず、むしろ多くの消費者から予想外の擁護の声が相次ぎました。「香料かと思っていたら、ちゃんと本物のレモン使っていたなんて」「うちの母なんていつも食べ残しを3日間も温め直しているよ」「いっそ24時間営業にすれば、『前日』という概念が消えるわね」などといったコメントが続出しました。

その後、蜜雪氷城の一部店舗は本当に24時間営業になり、「もう『前日のレモン』じゃなくて、
『徹夜レモン』だな」とネットユーザーからの鋭いツッコミもありました。
画像出典:インターネット

ネットユーザーが蜜雪氷城を擁護した理由のひとつは、今回の暴露された食品安全の問題がそれほど重大なものではなかったからです。食べ物に虫が混入していたり、賞味期限切れの原材料を使っていたり、違法な添加物を使用していた等のような深刻な問題に比べれば、「前日のレモンの使いまわし」程度では、重大な問題とは言えません。また、この報道が「十数人の記者が数か月間張り込んだ末の“成果”」だったことも、多くのネットユーザーにとっては違和感のあるものでした。蜜雪氷城は全国で3万店舗以上展開しているにもかかわらず、違反が確認されたのはたった1店舗だけであり、それがブランド全体を否定する材料にはならないと感じた人も少なくありません。「記者が何か月も張り込みした“成果”がこれだけ?むしろ他に暴けるネタがなかったということか」「こんなに安い店に張り込んでどうするの?よっぽど暇なんだな。学校の食堂の調査でもしたら?」などユーザーの声が多く寄せられました。このような反応から、今回の食品安全問題に対する意見だけでなく、メディアに対して日頃から抱いていた不信感もにじみ出ています。

では、消費者がここまで蜜雪氷城を「甘やかす」最大の理由は何でしょうか。やはり蜜雪氷城のコアバリューである「低価格」にあるでしょう。中でも、消費が抑制傾向にある今の時代の地方都市の若者たちの心理を最もよく表した、高評価の多くついたコメントがあります。「あなたは私が貧乏でも嫌わない、だから私もあなたがちょっと不衛生でも気にしない」というものです。一方で、30元以上もする高級ドリンクの食品安全に対する消費者の目はますます厳しくなりそうです。さもなければ「ぼったくられている」と感じてしまうからです。同じく茶飲料チェーンの「沪上阿姨(上海おばさん)」は、今回の315期間中に期限切れのトッピングを使用していたと報じられましたが、蜜雪氷城とは真逆の展開となりました。ネットユーザーたちから「罰金を科せ!あそこは蜜雪氷城じゃないんだからな」といった容赦ない批判を浴びせられ、あからさまな嘲笑の的になってしまったのです。

人は安い商品の品質に対して最初からあまり期待しません。中国には「一分钱一分货(安かろう悪かろう)」ということわざがあるように、低価格である以上多少の欠点は許容されるというのが暗黙の了解になっています。蜜雪氷城の「親しみやすく、良心的でコスパが良い」というブランドイメージは、消費のダウングレード時代を生きる人たちにとっては仲間のような存在となりました。そして「なぜ10〜20数元もするドリンクに植物性生クリームが使われていることを調査しない?4元のレモン水しか飲めない私たちには、それが新鮮かどうかくらい見分けがつくよ」と思っている方が多いようです。数元で手に入るささやかな幸せは、今の市場では貴重な存在です。蜜雪氷城が努力して低価格戦略を維持するだけでなく、消費者側もこれを守ろうとしています。「ちょっとしたきっかけでこの“貧乏人の楽園”が失われるのではないか」という思いがあるからです。だからこそ、メディアがこうした学生や労働者層のニーズを無視して、他ブランドと比べれば取るに足らないような食品安全問題を蜜雪氷城で暴いたとき、消費者たちの集団的な反発が起きたのです。まさに「让你们抓刺客,怎么把朕的爱妃给绑了*」=「刺客を捕まえろと命じたにもかかわらず、なぜ朕の愛妃を連行した!」という声が広がったのです。

蜜雪氷城にとって、低価格はコアバリューであり、消費者との良好な関係を維持するための最大の切り札でもあります。根本的なミスを犯さない限り、不完全さや不器用さはむしろ親しみやかわいらしさに変わり、価格がここまで安ければ、人は驚くほど寛容になります。もしかしたら、一部の人たちが未だに会社をクビにならない理由も同じかもしれません(笑)

*「让你们抓刺客,怎么把朕的爱妃给绑了」:中国のネットでよく使われる、皇帝口調の「懐古風ジョーク」。「私の大事な存在をいじめるな」という意味合い。

いかがでしたでしょうか。蜜雪氷城の事例をご紹介しましたが、他にもご興味があるブランド事例がありましたら、ぜひ教えてください。balconiaはあなたに役立つマーケット情報をお届けしていきます。次回もご期待ください。Evelynでした!