情緒経済における空間再構築:二次元コンテンツはどのように実体経済を復興させるのか
近年、二次元文化の影響力が次第に拡大し、一、二線都市にある多くのショッピングモールの注目を集めています。そして、ポップアップストア、IPコラボ商品、没入型展覧会など、多様な二次元関連コンテンツを積極的に導入しています。このトレンドは若年層を惹きつけるだけでなく、ショッピングモールの集客力、商業価値を高めるための新しい手段となっています。今回の記事では代表的な事例を通して、商業施設の現状についてご紹介していきたいと思います。
二次元商業施設の現状
◾️百連ZX創趣場
2023年1月15日、中国初の二次元文化専門の総合商業施設である「百連ZX創趣場」が上海でオープンし、二次元商業施設の幕が開きました。百連ZX創趣場はオープンから2年間、来客数は延べ1500万人以上、売上高は7億元超を記録し、業界内で初めて「中国の秋葉原」と呼ばれるようになりました。
7階建ての百連ZXは二次元に特化した商業施設となっており、各フロアにそれぞれ異なるテーマとスタイルが展開され、館内には中国でおなじみのNetEase(網易)やBilibili(ビリビリ)に加え、ANIPLEXや魂ネイションズ、タカラトミー、天聞角川(KADOKAWAグループの中国現地法人)など、国内外の約40以上の有名なアニメ・キャラクター関連ブランドが集結。百連ZX創趣場に行けば、「吃谷(二次元グッズを購入する)」は呼吸と同じくらい簡単だと言われています。
また、有名ブランドが揃うだけでなく、オープン以来450回以上ものイベントを開催。巨大スクリーンを使ったコンテンツ共創、自由参加型のオタクダンス(宅舞)やカラオケパフォーマンス、ACG(アニメ・コミック・ゲーム)音楽コンサート、ファン同士の交流市(サブカルマーケット)など、多彩な催しが若者たちの注目を集めています。

◾️静安大悦城
百聯ZXとは異なり、現在中国国内でより一般的なのは、大悦城のように商業施設の一部フロアだけを二次元エリアとして展開するスタイルです。
「都市のトレンド発信地+若者の交流スペース」というポジションを掲げ、アニメ・ゲームのIPやアート、ポップアップイベントなどを通じて、“ライト二次元ファン※(=泛二次元用户)”やZ世代の消費者を惹きつけ、施設全体への集客につなげています。人気IPとの期間限定コラボを継続的に行う点が、大きな魅力の一つです。
※ライト2次元ファン:二次元文化の影響を受けているものの、必ずしもACG(アニメ、マンガ、ゲーム)と深く関わっていないユーザー層のことを指します。
2024年には、国際的に人気の高いIP(知的財産)とのポップアップイベントが56件開催され、そのうち中国本土や全国初開催となったイベントが45件を占め、累計の売上高は1.6億元(約33億円)を突破。
特に3月末に開催された「ちいかわ×MINISO」のポップアップイベントは、39日間の開催で2,610万元(約5.4億円)という驚異的な売上を記録し、商業施設開業以来のIPポップアップ売上記録をいくつも塗り替えました。

◾️大上海城
「大上海城(ダイシャンハイチョン)」は、かつて鄭州最大規模の商業施設として栄えていましたが、ECの台頭や新しい商業施設との競争により、次第に衰退。2021年前後には多くのテナントが撤退し、不動産の一部が司法競売にかけられるなど、存続が危ぶまれる状態にまで陥りました。しかし近年では、二次元カルチャーや推しグッズ専門店(=谷子店)といった新しい業態を導入することで、商業再生に成功しています。
現在、大上海城には50店舗以上の二次元系グッズショップ(谷子店)が入居。館内にはコスプレイヤー向けのメイクスペースやダンスエリア、二次元作品の展示ゾーンなども設けられており、オタクダンスやコスプレなど、若者たちによる自主的なイベントも活発に行われています。今や、鄭州における二次元カルチャーの一大拠点となっています。

画像出典:bilibili

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なぜ二次元経済が台頭したのか?
1、消費者の主力の入れ替わり
コンサルティング会社・灼識諮詢による『中国二次元コンテンツ産業白書』によれば、中国における“ライト二次元ファン”は近年急速に拡大しており、2021年にはその規模が約4億6,000万人に達しました。さらに2026年には、5億2,000万人にまで増加すると予測されています。
その中心となっているのがZ世代です。彼らはすでに社会に出ており、経済的にも一定の購買力を持ち始めています。その結果、国内の二次元コンテンツ産業もより大きなマネタイズの可能性を持つようになりました。
Z世代は幼い頃からアニメやゲーム、ライトノベルなどに親しんできた”二次元原住民”といえます。単なる商品消費にとどまらず、その背後にある文化や感情的な価値に共感し、積極的に支持する点が特徴です。

2、IP産業の成熟化
中国国内では『原神』『明日方舟』『恋与深空』といった作品が、海外では『呪術廻戦』『ちいかわ』『ぼっち・ざ・ろっく!』などの人気IPが次々とヒットし、それに伴って多様なコンテンツや関連グッズの需要も急拡大しています。
こうしたIPを支持する層は、推しのコンテンツに対して非常に高い忠誠心を持っており、「愛のためにお金を使う」ことをいとわないファンも少なくありません。人気グッズはしばしば品薄となり、高値で取引されるケースも多く、業界内ではかつて“プラスチックの黄金”とまで揶揄されたこともあるほどです。

3、実店舗ビジネスがモデルチェンジ
ECの台頭により、従来型のショッピングモールは価格面での優位性をほぼ完全に失いました。その結果、「チェックイン」「没入体験」「コミュニティ感」といった要素を備えた新たな業態づくりが、業界の共通認識となりつつあります。一方、二次元ファンにとっては、文化的な消費と感情的な共鳴を得られる場が必要不可欠です。アニメやマンガの大型イベントは理想的な場であるものの、開催頻度が少ないのが難点。そこで、日常的に立ち寄れる二次元特化型商業施設が、こうしたファンの交流やエモーショナルなニーズを継続的に満たす新たなプラットフォームとして注目を集めています。

遵义亨特都市広場ではオタクダンスエリアを設置しています。
画像出典:REDアカウント
4、SNSが拡散を加速
視覚重視のソーシャル時代では、「写真を撮る → シェアする → いいねをもらう」といった“チェックイン文化”が広く定着しています。
このトレンドに呼応する形で、商業施設側もフォトジェニックな装飾、美術展示、没入型のIPポップアップイベントなどを用意し、来場者に撮影スポットを提供しています。そして、bilibili(ビリビリ)、微博(Weibo)、小红书(RED)、抖音(TikTok)といったSNSでの拡散により、情報は一気に“バズ”となって、より広い層へのリーチを実現しています。

現在、中国の一線・二線都市では、二次元ビジネスモデルへの転換を遂げた商業エリアが急速に人気を集めており、週末や祝日には若者たちが“打卡”(チェックイン)目的で集う姿が目立っています。
2024年5月の連休期間中には、百联ZXが延べ27万人の来場者数を記録し、大きな話題を呼びました。IPライセンス店舗やIPポップアップイベントを継続的に導入することで、商業施設には常に新しい熱気が注がれ、周辺エリアの賃料や消費意欲も上向いています。
たとえば上海大悦城では、2024年の第1〜第3四半期における商業部門の売上が292.8億元(前年同期比+20%)、来場者数は延べ2.7億人(+18%)、テナント稼働率は96%という高水準を記録しました。
モールの収益が堅調に推移する一方で、Z世代を中心とした若年層からも高い評価を得ています。かつてただの退屈な買い物スポットだったショッピングモールは、今や「文化体験× ソーシャルチェックイン」の場へと進化。自分らしさを表現し、共通の趣味を通じて人とつながり、感情を自由に解き放つことができる空間となりました。Eコマースの猛威にさらされる中、このような情緒的な価値こそがショッピングモールが再び顧客を惹きつける鍵となっているのではないでしょうか。
二次元経済の波に乗るにはどうすれば良いか
しかし、二次元経済はこの先も成長し続けるのでしょうか。二次元関連コンテンツを取り入れれば、その不安を払拭できるのでしょうか。もちろんそうとは言えません。
皆さんは「二次元は儲かる」という言葉を耳にしたことがあるかもしれませんが、実際はそれほど単純な話ではありません。確かに「チャンス」は存在しますが、二次元の本質を深く理解し、多くのユーザーやソーシャルコミュニティの情緒的な価値を理解することが前提となっています。
まず、二次元を深く理解するとはどういうことでしょうか。
それは、単に「流行に便乗する」のではなく、まずは尊重し、理解し、二次元文化の世界観に溶け込むことが大事なのです。
IPを知っているだけは不十分です。なぜそのIPがヒットしたのか、ファンが好むキャラクターは誰なのか、その背景にあるストーリーや「地雷」とされるタブーは何かまで把握しておくこと必要があります。例えば、カップリングキャラクターグッズの場合、陳列する位置を間違えただけでもファンから厳しい批判を受けることがあります。
では、ユーザーやソーシャルコミュニティーの情緒的な価値を理解し、その感情に寄り添うにはどうすれば良いのでしょうか。
二次元ユーザーの消費行為は単純な「モノ消費型」ではなく、その多くは「情動型」なのです。つまり以下のような情緒価値が、消費行動のトリガーになっています:
・共感・憧れ:キャラクターの魅力に強く惹かれる
・癒し・支え:そのキャラに励まされた、孤独な時期を一緒に過ごした感覚
・一体感:ファンイベントや応援キャンペーンに「参加している」という実感
・達成感:限定グッズを手に入れた、投票で推しが1位になった など
たとえば最近では、ゲームの新キャラクター発売前に“応援会”を開催し、ユーザーの感情を大いに盛り上げたうえで商品展開を行うのが主流になっています。
本当に二次元で儲かる人は「IPの人気に便乗する」のではなく、「二次元ソーシャルコミュニティの感情を深く理解し、それを最大限に引き出せる」人なのです。

右:《绝区零(ゼンレスゾーンゼロ)》のオフィシャル応援展示会
画像出典:REDアカウント
続いてご紹介するのは、X11淮海中路華獅広場店の「失敗事例」です。かつて「魔都の秋葉原」とも称されたX11は上海で最大規模を誇る「潮玩(Z世代が生み出した、大人のためのおもちゃ)」フィギュアやガチャ専門店の一つでした。オープン当初は多くの二次元ファンや若者層の注目を浴びましたが、残念ながらその勢いは長く続かず、2023年に淮海中路の店舗は閉店することとなりました。
失敗の原因について、筆者は以下のように分析しています:
1、ターゲット顧客と商圏のミスマッチ
淮海中路はアクセサリーデザインやプチ贅沢関連の業種が集まる商業エリアです。主に中〜高価格帯のファッションやグルメを楽しむ顧客層をターゲットとしており、周辺には高級レストランや飲食店も多く立ち並んでいます。一方で、X11は主に若年層の二次元文化ファンをターゲットとしており、客層のズレが生じています。その結果、店舗の集客と売り上げに影響が出ていたと考えられます。
2、差別化戦略の欠如
潮玩市場の急速な発展に伴い、上海市内にも類似したフィギュアやガチャ専門店が次々と出店し、競争はますます激化していきました。そうした環境の中、X11は継続的な魅力的な商品の発売と独特なマーケティング活動が実施的図、競争力を維持することができなかったようです。
3、継続的なブランド施策やユーザーとのインタラクションの不足
二次元系ストアにおいて、ポップアップストアの開催や限定商品の発売、ファンとのインタラクションを通じて、ユーザーの関心を引きつけ、ロイヤリティを高めることは不可欠です。ただX11淮海店ではこうした施策が十分に行われませんでした。その結果、ユーザーの情緒的な共鳴を得られず、新鮮感が薄れ、リピート率が下がったと考えられます。
しかしその後、運営体制の見直しを経て、X11は世博天地店、五角場万達広場店、上海徐匯万科広場店の店舗において、再び好評を得ることができています。
もし二次元ビジネスにご興味・ご関心がある方はいらっしゃいましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。
※本記事内の画像は、すべてインターネット上で公開されている情報を出典としています。