ハンドバッグを解剖し、邸宅の秘密を紐解く——Gucci「竹境:解译传奇(伝説を読み解く)」展覧会レポート

最近、多種多様なオフラインブランド展が上海で開催されています。中でも、Gucciの「竹境:解译传奇(伝説を読み解く)」がひときわ印象に残りました。私を惹きつけたのはGucciブランドそのものよりも、今回の展覧会場である「孫科別荘」でした。ここは普段一般公開されていない歴史的建造物で、以前からぜひ一度訪れてみたいと願っていました。ビジネス展示会場として、無機質な現代美術館ではなく、温かみのある中国近代建築「孫科別荘」が選ばれたので、そこでどんな観覧体験ができるのか、身をもって感じてみたいと楽しみにしていました。

「孫科別荘」という名前を初めて聞く方も多いかもしれませんが、中国では歴史的意味を持つ建物なのです。この別荘は1931年、著名な建築設計師であるヒュデッツ・ラースローが自分のためにデザインした建物なのですが、のちにさまざまな事情により、当時政界で大きな影響力も持っていた人物、孫中山の子孫である孫科に贈られたそうです。孫中山は中国の近代化を推進した重要な人物であり、孫科もまた中華民国の政治界において大きな役割を果たした人物です。この別荘は複数の建築スタイルを融合した独自性を備えており、近代中国の歴史人物とも深いつながりを持っていたことから、現在では「一級優秀歴史建築物」として保護対象となっています。そのため、普段は一般公開されておらず、近年この別荘でアート展の開催を希望するブランドが多かったものの、通常は一階のエリアしか使用できませんでした。ところが、今回の展覧会は別荘全体で開催されることになったので、私にとって予想外のサプライズであり、期待していました。
「竹境」を巡り、建物の中で耳を澄ます

中:「竹林細雨」内のAI作品
右:竹林に隠れる別荘の装飾品
孫科別荘は上生・新所エリアに位置しており、賑やかな町にひっそりと静かに佇んでいます。入場後、スタッフに案内されて第一展覧エリア「竹林細雨(The Whispering Grove)」へ足を踏み入れました。その空間は隅々まで本物の竹に覆われ、まるで江南の山から移植されたかのような静寂な竹林が広がっていました。壁には16世紀と17世紀の貴重な竹の挿絵が掛けられ、竹が自然と人文領域において、長期にわたって培ってきた文化の深みを物語っています。その向かい側にはAIによって生成されたバーチャル竹林が投影され、テクノロジーと伝統が共存する詩的な光景が描き出されています。この展示空間では、建物本来の姿がほとんど覆われているため、入口に残された古い時計から微かに残る歴史的建造物の気配を感じました。このようにあえて「包む」「隠す」ことによって、内側に宿る精神性を際立たせる手法には、「隠す」という東洋的な美学が表現されています。

中:ハンドバッグ解剖展覧エリア 出典:RED
右:ハンドバッグ解剖展覧エリア 出典:RED
イスラム風のアーチをくぐると、視界がパッと明るくなり、第二展示エリア「ハンドバッグ・アナトミー(Anatomy of a Bag)」に入っていきます。このエリアは緑色のタイルに囲まれ、中央にはステンレス製のテーブルが設置され、そこにGucci Bamboo1947シリーズのハンドバッグが分解・展示されています。紹介によれば、ひとつのハンドバッグが完成するまで、428もの工程を経るそうです。竹製の持ち手の柔らかな曲線と独特な光沢・質感を出すために、何度も曲げ、研磨、塗装を重ねる必要があるとのことでした。このような「解剖的」な展示方法から、理性的で緻密な美意識を感じ取ることができます。そして、展示エリアの一角にはもともと建物に備えられていた暖炉と柱がそのまま残っていました。工芸と建物が織りなすコントラストの中、それぞれの静かな対話が生まれたように感じられました。

中:メゾネット構造は動的エリアと静的エリアに分かれています。 出典:RED
右:イタリアの職人がその場で竹製の持ち手を磨き上げます。 出典:RED
さらに進むと、「匠心伝承(Crafting a Legacy)」エリアに辿り着きます。このエリアはメゾネット構造の円形ホールになっており、フィレンツェ工房の作業現場を再現しています。最も印象深かったのは、この展示エリアは別荘本来の建築構造を巧みに活かし、自然に静的・動的空間の二つのゾーンに分かれている点です。一方には静かな展覧台が並び、もう一方では職人たちがその場で竹製の持ち手を研磨する工程を実演していました。職人たちの囁き声や工具が擦れる音、そしてじっと見守る来場者たち、リアルな光景と別荘が醸し出す重厚な空気が響き合い、独特な風情を演出しています。その空間に身を置いていると、まるでヨーロッパの古い邸宅にタイムスリップして、伝説的な作品が誕生する瞬間に立ち会っているかのような気持ちになりました。

中:ガーディンの中には緑が多く、パラソルとベンチが配置されています。 出典:RED
右:別荘の歩んだ歴史に立ち会ってきた桐の木が、数本静かに佇んでいます。 出典:RED
建築における「余白」――展覧会の情緒を際立たせるポイント
別荘の片側を見終え、ルートに沿って建物の外に出ると、裏庭に入っていきます。別荘の外には、小さな噴水、クスノキ、トピアリーなどが配置されており、まるで展覧会に用意された「休み」の空間のようでした。多くの来場者はここで写真を撮ったり、日向ぼっこをしたりしており、私もゆっくりと建物の外観を眺めることができました。この「人と展示エリアとの間」でホッと一息つけるような感覚は、ショッピングセンターや美術館などではなかなか味わえないものです。ここでは、建物そのものが展覧会の一部となり、全体を包み込む背景であると同時に、主役でもあるのです。

右:昨年Prada展のある展示エリアにも同様なレイアウトが採用されていたので、とても懐かしく感じました。
裏庭を抜けて別荘のもう一方に戻ると、「竹韵典藏(Bamboo Codex)」の展示エリアに辿りつきます。ここではGucci Bamboo1947シリーズの代表的なハンドバッグ20点が時系列に並べられ、70年以上にわたる進化と変遷の軌跡が展示されています。そこで私はふと、昨年Prada展で目にした空間デザインを思い出しました。今回の展示とほとんど同じようなレイアウトだったのです。このような伝統を受け継ぎながら、商品にその時代の精神性を取り入れる手法は、多くのブランドが好むアプローチであり、クラシックなシリーズが持つ息の長さを支えているものでもあります。

階段を上がって行くと、2階の空間へと続きます。階段の入り口にはGucciの要素を取り入れた彫刻人形が飾られていました。そして、木製の手すり、刺繍入り絨毯、色が混ざり合った壁面などがそのまま残されており、この階で展示されている作品はそれほど多くないにもかかわらず、建物本来の魅力が一層際立って感じられました。過度な演出がなされていないからこそ、来場者は「余白」を通して歴史の痕跡を感じ取ることができるでしょう。そして、このような「余白」を活かしたキュレーションは、現代の展覧会ではなかなか見ることができない、貴重な体験です。

中:ひとつハンドバックはまるでひとつの時の断片のように、歴史と創造性の間にそっとかけられています。出典:RED
右:紅色の壁の空間に、竹をモチーフにしたトレーニング器具が展示されています。出典:RED
2階の展示エリアでは、「脈絡連結(Threads of Connection)」・「変容と再生(Metamorphosis)」という2つのテーマを通じて、竹を視覚的モチーフおよびインスピレーションの源として、さらに深掘りしています。竹はアクセサリーや衣服デザインだけでなく、空間構築およびビジュアルシステムを表現する手段としても使われています。CGI技術によってスカーフの模様が動的に演出され、自然主義・写実主義・未来主義の融合によって、強い視覚的なインパクトを生み出しています。そして、最後の展示エリア「ジム」では、竹をテーマにしたトレーニング器具が建物内の赤い部屋に配置されていました。そこにクラシックと未来、ロマンスと実用性が交錯し、この展覧会の締めくくりに相応しいエンディングとなっていました。
ただの器ではなく、共鳴する存在へ:空間が展覧会にもたらす力

右:2023年に開催された「Cosmos宙宇コレクション展」ではGucci102年間にわたる歴史の中で生まれた象徴的なデザインが披露されました。
2023年に開催されたGucci「Cosmos宙宇コレクション展」が圧倒的なスケールとブランドの厚みを全面に打ち出していたのに対して、今回の「竹境」はどちらかというと、「モノ」という媒体を通じた精神的な回帰といえるでしょう。会場に選ばれた孫科別荘の存在によって、この展覧会は単なるブランドプロモーションを超えた、空間と文化が多層的に交錯する対話の場となっていました。

建築はもはや単なる「容れ物」ではなく、気質と理念に共鳴する存在なのです。今回の展覧会で最も心を打たれたのは、やはりその微妙で自然な調和でした。孫科別荘は単なる「展覧会場」ではなく、展覧会の一部として静かに物語を語りかけていました。そして、別荘にはその独特な歴史感とストーリーが宿っていました。その空間に足を踏み込んだ瞬間、私の心はすっと落ち着き、ブランドと建物の歴史が交じり合いながら、その背後にある精神性が空間の隅々まで染み渡ってしていくのを感じました。展覧と建物が表裏一体となって呼応し、支え合うことで空間が完成するのです。
本当に心を打たれる展覧会というのは、会場の選定からストーリーの構成、空間演出からコンテンツの展開に至るまで、そのすべてのプロセスにおいて、的確な策略と独特なクリエイティブが不可欠です。もし、このようなブランド展覧会の開催をご検討でしたら、ぜひお気軽にご相談ください。お手伝いができれば幸いです。