2026.08.10

外国人観光客にとっての「上海みやげ」は、なぜ上海市民の足をも止めたのか?

先週末、上海の永源路を通りかかった際、PANEの店先にできた行列を写真に収めました。中国語名を持たないシューズブランドでありながら、すでに多くの外国人旅行者がわざわざ訪れる目的地の一つになっています。

PANE永源路店の前にできた行列。筆者撮影。

これは一日だけの偶然ではありません。上海市当局が紹介した報道によると、PANE永源路店の外国人客は日常の来店客の約30%を占め、売上の約35%を支えています。週末や祝日には、その比率がさらに高まるそうです。店舗では、シンガポールからの旅行者7人が一度に14足を購入したこともありました。別の記事では、880元前後のPANEのドイツ軍トレーナーが、外国人観光客にとっての「上海みやげ」として紹介されています。

しかし、この話は単なる「観光客の買い物」だけで終わりません。「上海みやげ」という呼び名が中国国内に伝わると、地元の消費者の間にも「なぜ外国人がわざわざ買いに来るのか」という好奇心が生まれます。私もその流れでPANEを知った一人です。

いわゆる「中国らしさ」を前面に出さない上海発のブランドが、どのようにして外国人旅行者の記憶に残り、あらためて上海の消費者を店舗へ向かわせたのでしょうか。

「名物」になる前に、まずは「欲しい」と思わせること

PANEは2022年末に上海で創業しました。創業チームは以前にメンズブランド「Full Monty」を手がけてきたメンバーです。ジャーマントレーナーやクラシックなランニングシューズ、バレエ風スニーカーといった定番のシルエットをベースに、素材、配色、ディテールで変化を加えています。主力価格帯は700~900元です。

「上海みやげ」というフレーズは話題を呼ぶきっかけにはなりますが、実際の購入を決めるのはやはり靴そのものです。PANEの2025年の天猫(Tmall)におけるGMVは1億元を超え、「窄門成長実験室」の推計によると、中国で「私域(プライベートドメイン:自社ファンコミュニティや直販チャネル)」と呼ばれる顧客チャネルでのリピート率は40%を上回っています。これらの数字からは、購入者が旅先で試しに買う外国人旅行者だけではないことがうかがえます。

PANE|軽訓NO-GIシリーズ「ホーネット」カラー。画像はPANEのRED公式アカウントより。

旅行者が購入に至るには、まず店先で足を止めさせる魅力が必要です。PANEはそれを見事に実現しています。ただし、一足の靴を買いたいと思うことと、それをある街の「みやげ」として記憶することの間には、具体的な購買体験のデザインがあるのです。

自らの「ルーツ」をあえて主張しないアプローチ

PANEに中国語名はありません。またプロダクトにも、例えば青花磁器や龍の文様、赤い壁と緑の瓦屋根といった、一目で中国とわかる記号がほとんど登場しません。永源路の店舗にはローマ風の柱やアンティークトロフィー、チャーチチェアが置かれ、ブランドメッセージには英語で「Behave as mortals」が掲げられています。ビジュアルは古代ギリシア彫刻や1970年代のスポーツ雑誌、クラシックバレエからも着想を得ています。

これらの要素だけを見れば、PANEを海外ブランドと見間違える人もいるかもしれません。PANEは産地を視覚の中心に据えるのではなく、文化の違いを越えて伝わりやすいデザイン言語を介し、まず靴を見てもらい、試してもらってから、少しずつブランドを知ってもらうという順序を大切にしています。

PANE永源路フラッグシップストアの店内。筆者撮影。

「上海らしさ」は購買体験のなかで育まれる

これらのビジュアル要素は、上海そのものを直接語っているわけではありません。しかし、上海らしさは、街での実際の体験の中に託されています。旅行者は永源路で行列に並び、試着し、この土地のブランドの靴を購入してスーツケースにしまいます。帰国したあと、その一足は自然と上海への旅の記憶と結びつきます。

彼らにとって、PANEの「上海らしさ」は伝統的な文様から生まれるとは限りません。店のある街並み、その場での体験、そして「上海で買った」という記憶が、プロダクトに文脈を与えています。

だからこそ「上海みやげ」という言葉は特別に響きます。それはPANEが広告で掲げたポジショニングではなく、旅行者が自らの購買体験を通じて生み出した呼び名です。

購入したあとも、体験は続く

PANEのシューズボックスには、靴が入っているだけではありません。封筒型のスリーブ、モデルごとに変わる包装紙、スペアのシューレース、プロダクトカード、ダストバッグ、そしてキャンバス地のトートバッグが重ねられています。一枚ずつ開いていくと、丁寧に演出された開封体験が立ち上がります。

開封画像はいずれもREDユーザー(卜悲、VJ雅静、小于yo)より。

中国メディア「界面新聞」がパッケージ業界の関係者に取材した記事によると、PANEはシューズボックスのスリーブに350gの高級白カード紙を採用しているといいます。製造工程自体はシンプルですが、スニーカーの箱にこうしたスリーブを添える手法は珍しく、資材コストも一般的な200gの紙に比べて30〜50%ほど高くつきます。さらに、商品写真のビジュアル制作へのこだわりも徹底しています。たとえば「バレエ風ジャーマントレーナー」の撮影では、クロスするストラップの曲線が綺麗な左右対称を描き、なおかつインソールのブランドロゴを隠さない角度を追求するため、通常の何倍もの時間を費やすことも珍しくありません。

一見すると非常に地道なこだわりですが、これらはすべて一つの実務的な問いへの答えとなっています。「定番のシルエットをベースにしたスニーカーに、消費者はなぜ700〜900元という価格を払いたくなるのか」という問いです。PANEはプロダクト、店舗空間、ビジュアル、そしてパッケージに至るまで、すべての顧客接点を単一のトーン&マナーで統一しています。消費者がそれらの要素をいちいち細かく比較検討するわけではありません。しかし、自宅で箱を開けた瞬間、店舗で感じたあの高揚感が鮮やかに再現されるのです。外国人旅行者にとっても、この美しいパッケージ一式は旅の思い出とともにホテルへ、そして母国へと大切に持ち帰られることになります。

「上海みやげ」が上海に逆輸入されて伝わるとき

外国人旅行客がPANEを「上海みやげ」として愛好し始めた現象は、このムーブメントのまだ「前半戦」に過ぎません。そのバズがソーシャルメディアを通じて国内の消費者に届くと、「上海にある店舗が、なぜこれほど外国人観光客を惹きつけるのか」という新たな関心と好奇心を生み出しました。

何を隠そう、私自身もその話題性に惹かれて永源路店へ足を進めた上海の消費者の一人です。それまではPANEというブランドを深く知りませんでしたが、インバウンドの間で「上海みやげ」として流行していると聞き、実際の現場を確かめてみたくなったのです。店内を見て回ると、たしかに欲しい靴は見つかりました。ただ、サイズはすでに欠品していました。もし全サイズが揃っていれば、おそらくそのまま購入していたでしょう。

筆者の店舗訪問体験。

「上海みやげ」というラベルは、いかにして話題を地元へ呼び戻したのか

まず、外国人旅行者の購買によって、PANEには「上海みやげ」という呼び名が与えられます。その呼び名が報道やSNSでの共有を通じて中国の消費者に届き、新たな検索、来店、購入を呼び込みます。さらに、店頭の行列や人気サイズの欠品が、次の情報拡散の材料になります。PANEをめぐる関心は、旅行客の消費にとどまらず、旅行者と地元消費者の間を行き来しながら広がってきました。

もちろん、話題のラベルが効力を発揮するのも、消費者の「最初の好奇心」を刺激する段階までです。ラベルがブランドの代わりに購買決定まで代行してくれるわけではありません。消費者が実際に店舗へ足を運んだ際、最終的に財布を開くかどうかの基準は、デザインが魅力的か、足にフィットするか、納得できる価格設定かといったリアルな製品力に帰結します。現状のPANEにも、シューズの幅(ラスト)がやや狭いことや、人気サイズの供給不足、デザインの新鮮さを維持し続けられるかといった現実的な課題が存在しています。

日本のセレクトショップ、ユナイテッドアローズとの協業や、2026年から同社の日本店舗で展開されることは、海外チャネル開拓への一歩です。今後は、安定したリピート購入につなげられるか、旅行という文脈を離れた日常的な需要を獲得できるかを、もう少し見守る必要があります。

今のPANEから最も学ぶべきことは、安易に模倣できるような「カルチャー輸出の成功法則」ではありません。むしろ見落とされがちな「独自のバズの波及経路」にあります。ブランドの話題性は、必ずしも「ローカルで流行ってから海外へ広がる」という単一の方向性だけではありません。外部の旅行者による選別と評価が、地元の人々に「自分たちのすぐそばにあったブランドの魅力」を再発見させることもあるのです。ただし繰り返しますが、ラベルが提供できるのは「なぜ人が初めて店に足を運ぶのか」というきっかけに過ぎず、その後の持続的なビジネスまでを担保してくれるわけではありません。

あの日、私が手ぶらで店を後にしたのは、気に入った靴がなかったからではなく、ただマイサイズが欠品していたからです。この体験こそが、問いを再び「プロダクトとオペレーションの本質」へと引き戻してくれます。外国人旅行者はPANEに「上海みやげ」というネーミングで最高の後押しを与え、多くの人々をショップの前に呼び込みました。しかし、これから問われるのは、訪れた人々が確実に商品を手に入れられ、長く愛用し、再び店を訪れたいと思えるかどうかです。それこそが、この熱狂が一過性の流行で終わるのか、息の長いブランドになれるのかの分かれ道となるのです。