2021.11.01

今さら聞けない中国マーケシリーズ第2回 「ここで差がつく中国ファン経済マーケ」

中国マーケティングを語る上で必ず出てくるのがトップアイドルを使ったプロモーション。中国では、アイドルやスター達を支えるファン達の消費能力が高く、経済を動かす程の力を持っており、それは「ファン経済」と呼ばれるようになっています。そんな中国の「ファン経済」にも、大きな規制が加えられ衝撃が走っています。今回は、大きく揺れ動いているように見える中国の「ファン経済」をテーマに、中国のメディアと強いつながりを持ち、ファン経済に長く関わり続けていらっしゃるエーランド代表の安田さんにお話をうかがいました。今ファン経済に何が起きており、そして今後企業もしくはブランドとしてどう付き合っていくべきなのでしょうか。

Z世代女子に支えられる「ファン経済」

---ここ数年中国では「ファン経済」が盛り上がっており、マーケティング手法としても広く浸透していました。日本では有名人を起用することで商品が爆発的に売れることが少なくなってきていると思いますが、中国のエンタメ事情やマーケティングに精通されている安田さんから見て中国の「ファン経済」はどういった特徴を持っていると思いますか。

安田 中国で「ファン経済」に関する規制が出て以降、日本でも「ファン経済」という単語が広がりました。この概念自体は2014年頃からずっとあり、2020年から2021年の規制直前までが最も盛り上がった時期だと思います。

日本でもファンが芸能人やアイドルを応援する「推し活」は一般的ですし、例えば嵐がJALの広告塔になった時に嵐のファンたちを中心に嵐がCM撮影で訪れた沖縄の島に行くという聖地巡礼的なものはありました。また、アイドルグループ全体を応援する「箱推し」をする人も少なくないと思います。

一方、中国では「単推し」の文化がありグループメンバーの1人1人にファンがついているのですが、これが「ファン経済」を過熱させる要因だと考えています。ファンが自分の「推し」の影響力を示すためや「推し」の面子を保つために、「推し」がアンバサダーを務める商品を買う文化が中国にはあります。日本も中国も自分の「推し」を応援するためにお金を使いたいという気持ちは変わらないです。ただ、人口が多い中国の場合はファンの人数が多くファンが集まった時のパワーが大きいので、その分日本よりも経済的なインパクトも大きいのが中国「ファン経済」の特徴だと考えています。

引用: "粉糸接机"被規范,袁立耿直爆称尖叫
https://mq.mbd.baidu.com/r/vvI6EyjV8A?f=cp&u=df0a020646301cd0

---このような「ファン経済」を支えるモチベーションは、面子のためという側面が大きいのでしょうか。

安田 自分の「推し」のために何かしてあげたいという気持ちは国を問わず普遍的なオタクたちの感情だと思いますが、「推し」のために何かをしようと呼びかける人がいてお金を集める人がいる、という応援のための組織的システムを作ったのがK-POPで、中国の「ファン経済」もその流れを受けています。ただし、中国の場合はこのK-POPの仕組みに中国ならではの膨大な人が集まり、そこに企業がファンの応援心を刺激するコンテンツや仕組みを作り、さらに応援活動を支えるITサービスが誕生する…など、一つの経済圏が生まれています。

「推し」のためにお金を集めることで、芸能人注目度ランキングや、影響力ランキングが上がったりすごいところに広告を出稿できたりします。そのことが社会的に話題になって自分たちの活動が認められる、このような機運はもともと中国にはなかなかなかったと思うので若者たちの自己表現の一つの方法として、爆発的なブームになったと感じています。

引用:かつてはオープンになっていた芸能人影響力ランキング -
https://www.cbndata.com/star-rank/information/131760

---イメージ的には男性アイドルを女性のファンが支えているという印象ですが、「ファン経済」を支えている人はどういう人たちが多いですか。

安田 95年生まれ以降のいわゆるZ世代が多く、大学生の女の子が中心となっています。組織化をして動かしているのは大学生、お金を出しているのも大学生が中心で一部社会人も含まれるという状況です。お金を払っているのは彼女たち個人ですが、親からもらった生活費からお金を出しているケースももちろんあると思います。

---ということは、比較的裕福な層が多いのでしょうか。

安田 今の中国は3-4級都市ぐらいまではお金を持っている人が増えています。メインは1-2級都市になると思いますが、数元(数十円)からお金を出せる仕組みになっているので、地域を問わず幅広い層が対象になっていると思います。

---「ファン経済」は女性のファンが男性アイドルを推すことが多いのでしょうか。例えば化粧品ブランドで男性アイドルをアンバサダーに起用するケースが増えていますが、「ファン経済」がよく使われているカテゴリーなどありますか。

安田 日本だと女性アイドルを推すのは男性が多いと思うのですが、中国だと女性アイドルを推すのも女性が中心になります。中国は女性の消費意欲が旺盛なので、その点が影響しているのではないかと考えています。また女の子にとっての娯楽要素もあるかと思います、これは男の子にとってのゲームのようなものですね。そのため95年生まれ以降の女性がターゲットに含まれる商品を持っている企業であれば、カテゴリーを問わず「ファン経済」を活用する例は増えています。

---アイドルをアンバサダーとして起用する際にはどのような視点で選ぶとよいのでしょうか。

安田 アンバサダーを選ぶ際にはブランドの想定するターゲット層とそのアイドルのファンがマッチしているかを考慮することが大切です。年齢層や価格帯が合っているというのは最低限で、消費嗜好や好きなデザインなどのトンマナなど、定性面で見ても世界観が一致している人を選ぶ方が良いと考えています。

ファンの属性情報を知る方法としては、以前は公開データもありましたが今はそのような類のデータはなくなってしまいました。ただし、WeiboなどのSNSのビックデータを用いて、そのタレントのファンが総じてどういうカテゴリーのアカウントをフォローしているのか分析し、ファンの属性を推測するような調査機関はありますし、そのタレントのファンコミュニティのSNSを定性的に見ていくのでも十分推測できるかと思います。 

「ファン経済」規制の流れ

---近年中国の「ファン経済」は大きな広がりを見せたものの、2021年8月以降「ファン経済」に対する規制が強まってきました。オーディション番組の投票権付き乳製品をファンが大量購入・大量廃棄する事件や、元EXOクリス(亦凡)のスキャンダルなど色々きっかけがあったと思いますが、今回の規制に至った理由についてはどのようにお考えですか。

安田 この規制については色々な見方ができると思いますが、ビジネスをしている我々からするとシンプルにファンたちの行動が中国社会からの反感を買った、アイドルオタクたちの行動が問題と中国社会全体が感じたからだと考えています。中国政府は民意が高まると規制する傾向はありますがそれは「推し活」に限ったことではありません。多くの人が良くないと感じていることを無視できないのが国の体制としてあると思います。

引用:政府の取り締まりを示すCCTVのニュース

---昔から「芸能人はお金をもらいすぎだ」という批判はあったと思いますが、加熱する「ファン経済」に対してどのぐらいのタイミングから雲行きが怪しいなと見られていましたか。

安田 2021年初頭はそこまででしたが、4月頃になると危機感がありました。オーディション番組の投票権付き乳製品をファンが大量購入・大量廃棄する事件については、2020年からあった問題でしたが「これって大丈夫なのかな?」と多くの人が感じていたものの、しばらくたつとその記憶が薄れていき、今年も同じことが起こってしまいました。ちょうど食品ロスの法規制が始まった頃ですので、これは大きな問題に発展しそうだと感じました。

---主な規制の内容としては、1つはオーディション系の番組がなくなること、2つ目はファンクラブなどを通じて組織的な集金活動が禁止されたこと、などが挙げられますが他にどのようなことが規制されたのでしょうか。

安田 規制の内容は基本的にファンの行動と芸能事務所を管理するためのものになります。挙げていただいた2つのポイントに加え、ファンが集まってネット上にネガティブな書き込みをすることが禁止された、という点は3つ目の重要なポイントになるかと思います。一般の方からみるとネット上のネガティブな書き込みが相当ひどい状況で、2019年頃から多くの有名アイドルがネット上のネガティブな書き込みに関連する事件に巻き込まれていました。それによりトップアイドルである「肖战(シャオジャン)」がSNSでの発信やメディア露出を自粛するというケースもありました。その他、男性芸能人の女性化表現の禁止や、BL小説が原作のドラマの禁止など、様々な規制がでています。

---中国では表面的には規制が厳しく見えるものの運用の段階では柔軟になることもあるという印象を持っているのですが、今回の「ファン経済」に対する規制はどこまで本気で取り組むと思われますか。今年は「ファン経済」に限らず中国国内で様々な規制が動いている状況ですので当面1年はこのような状況が続くと思うのですが、来年以降は様子見となるのでしょうか。

安田 それは我々も同感です。先行きが不透明な部分もありますが、日本企業・ブランドのマーケティング手法や施策にそれほど大きな影響があるとは思いません。この規制があるからといってタレントの起用も減らないと思います。もちろん細かな点で色々注意すべきポイントが出てくるかもしれませんが、タレント側も仕事を受けることをNGとしているわけでもないです。中国市場で早期の認知獲得・トライアル促進を狙う際にタレント起用はとてもパワフルな施策となっていますので、それは手法として全く変わらないと考えています。ただし、今は多くの人が様子見をしている状況で、温度感を間違えるとすぐに炎上して叩かれるケースもあると思います。それを見極めた上でタレント起用をする手法は変わらないと考えています。

今後、日本企業が「ファン経済」を活用する際の留意点

---規制が入ってもそこまで変わらないという見方はありつつ、ブランドやマーケターとして気を付けるべきポイントや社会の動きなどありますか。

安田 大前提として、日本企業は注意しなければいけないポイントがたくさんあると思います。それを少しでも逸脱するとすぐにやり玉にあがる時代に入っていくと感じています。例えば日中戦争に関連する日に日本企業が何かプロモーションを打つとすぐに炎上してしまうなど、そういった基本事項は必ず理解しなければいけないと思います。

特に最近中国では経済大国として国際社会の中での存在感が高まったことを背景に、何か事件があると容易に反日に傾き易くなっていると感じています。東京オリンピックの卓球や体操の判定に対する不平等感が指摘されたときもそうですし、中国の俳優による靖国神社訪問が問題になった時も、その炎上は多方面に飛び火していました。

もし中国市場に参入するのであれば中国マーケティングで注意するポイントに対して本社も含めて共通認識を持って取り組むべきです。その上でマーケティング手法としてタレント起用をするのはありだと思いますが、今は「推し活」の規制もある中で、ECでどのようにタレントを使うのか?どういう購買動線を引くのか?キービジュアルをどう見せるのか?など細かなポイントに対して気を使っていかなければいけません。

---「ファン経済」を有効活用するには様々な工夫が必要になるということですね。

安田 何よりも大切なのはファンとWin-Winの関係を築くことだと考えています。ファンの人達がメーカー・ブランドに対してポジティブなイメージを持ちながら継続購入につなげるための施策が重要です。というのも、中国のファンは非常に敏感で「私の財布を狙っているのね」とメーカー側の狙いを察知するのは日本以上です。そのため、商品とファンがあっているのか?ファンに気持ちよく商品を買ってもらい次につなげる仕組みをどう設計するのか?といった刈り取り施策を早い段階から考慮することはとても大切なポイントになると思います。

---1つ1つの施策やキービジュアル・ムービーといったクリエイティブなども、そういうファンの気持ちに寄り添えるものにしていくことが大事になりますよね。

安田 日本と比較すると中国の「推し活」を狙ったマーケティングはファンの気持ちに寄り添うという取り組みが粗いと思います。メーカー側もその辺りの配慮に欠けていて、お金を払ったらすぐにさよなら、という感じのものも多いです。「ファン経済」を活用するのであればもう少しファンとの関係づくりをした方がよいと思いますし、今後は徐々にそのような流れになっていくのかなという気はしています。

---タレントを起用したプロモーションは数多くあると思いますが、上手くいっている事例や参考になる事例はありますか。

安田 最近のトレンドとして「ファン経済」を利用したプロモーションは短期的な販売目的の施策といった見られ方がありますが、私はそれではもったいないと思っています。タレントを長期的に起用することで、そのブランドの顔として機能し、タレントさんにもそのブランドにも良いイメージをもたらしているケースは多くあります。ファンの方もそういったブランドの方が愛着が湧きやすいですよね。例えば、エスティローダーのヤン・ミー(中国のトップ女優)などはトップブランドとしてタレントを長く起用して良い関係が築けていると思います。

引用:Noblesse http://www.noblessechina.com.cn/より

また、番組とタイアップしてタレントのイメージにあった企業とのコラボレーションにつなげるのは非常に面白い取り組みだと思います。例えば羅云熙(Leo Luo)というイケメン俳優がいるのですが、その方は香蜜沉沉烬如霜というドラマで演じた少しツンデレのようなキャラクターが話題となり、猫系(ツンデレ)男子として人気が出ていました。ちょうどパーフェクトダイアリーが猫や動物のキャラクターのメイクパレットを売り出しており、羅云熙(Leo Luo)がドラマで猫系男子を演じていた直後に猫のメイクパレットのアンバサダーに起用し、その商品がバカ売れするということがありました。冒頭でも、タレントと商品のマッチ度は重要とお話しましたが、タレントとブランドのイメージが合致しているだけでなく、タレントがその時に持っているIPなどのイメージと上手く合致させて起用すると、トレンドを押さえながら話題性をさらに喚起することが出来ます。このようなプロモーションはファンの間でも評判がよいので採用したいと思うメーカーは多いと思うのですが、かなりスピーディーな意思決定が求められますのでその点は留意が必要です。

引用:PerfectDiaryのWeiboより

---クリエイティブ制作やプロモーション実施時のポイントを色々教えていただきましたが、その大前提としてタレントとの契約で注意すべきことはありますか。日本の企業の方とお話をするとタレントとの契約で悩まれているケースが多いと感じていますが、いかがでしょうか。

安田 契約については、何かトラブルが起きた時にブランド側に不利にならない形で契約を締結しておくことが重要です。細かなオペレーションで落とし穴がたくさんあるためその準備を入念に行うとともに、日々新しい落とし穴ができるのでそれにキャッチアップすることが求められます。これらをスムーズに行うためには、タレント契約に精通した専門の会社にお願いするのがおすすめです。契約の落とし穴に落ちないのは言うまでもありませんが、ファンの方とWin-Winの関係性を築ける提案ができる会社だと安心して契約業務を任せられると思います。

---「ファン経済」とどのように向き合っていくべきか悩ましく感じている日本企業も多いと思いますが、最後にマーケティング手法として「ファン経済」をどのように評価されているかお聞かせください。

安田 マーケティング手法の中で唯一と言ってよいほどROIを高精度で予測できるのが「ファン経済」の良いところです。今後は多少ROIが見えづらくなるかもしれませんが、売上やリーチなどはある程度想定できると思います。また新参ブランドが認知を獲得したり、トライアルのきっかけづくりの中で大きな役割を果たすことは今後も変わらないと考えています。

安田 加奈子氏
エーランド株式会社 代表

経歴
大手PR会社での勤務を経て2020年現職。2009年から6年間中国北京に勤務し、日本企業の中国マーケティングを手掛ける。帰国後は中国企業の広報支援を行いながら、日本の美容ブランドの中国向けブランディングや中国の芸能事務所とのリレーションを活かしタレントプロモーションなどを多数手掛ける。
個人Twitter:https://twitter.com/kanakoyasuda
エーランド株式会社ホームページ:https://aland.co.jp/


★エーランドでは、「ファン経済」に関する一連の規制の内容と、日本企業が注意すべきポイントと具体的な対応方法を解説した『中国タレント 広告起用ガイドブック』を配布中。

お申込みはこちらから:https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSceJqWoNp7_eNN64SiA2XXcOqfBtkk9HeFEUkBOwcf0Tj88Ow/viewform

『中国タレント 広告起用ガイドブック』プレスリリース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000071647.html

聞き手
川崎 訓
balconia株式会社 上海オフィス副総経理

インテージチャイナの事業責任者を経てbalconia Shanghai副総経理。インテージ(東京)時代から一貫してグローバルリサーチに従事し、日系企業の海外マーケティングのサポートを続けてきた。中国でみてきた消費者は5,000人を超える。マーケティング理解に基づいた、消費者に対する深い洞察を得意とし、消費者インサイトを起点に戦略立案やクリエイティブへの提案を行う。
個人Twitter: https://twitter.com/sa_10shi