2021.06.25

国内女性下着ブランドの勃興と意識の変化

 定期的に出張で日本に行くことがありつつ、「中国はECも発達していて何でも売っているし、やはり中国で生活しているからには基本的なものは中国で購入するようにしよう!」と思って最初に一番違和感があったのは下着でした。

 いろんな疑問を同僚に聞いても「なんでそんなこと話題にするの?」といぶかしまれる次第。ここには大きな文化差があるはず、と思って早数年。その数年の間にも変化してきたアンダーウェア事情をご紹介します。

下着カテゴリーが発展しておらず、話しにくい話題だということに驚く

 中国に来たばかりの5年前、ECで検索してもワードとしては基本的にセクシー、快適、授乳用の3ジャンルしかないことに驚きました。

 女性用下着にふれない人はピンと来ないかもしれませんが、日本では女性用下着は機能性でも「整える」「上げる」「小さく(大きく)見せる」「寄せる」「スポーツ用」など多々あり、デザイン性も可愛いものからシンプルや欧米系、さらには自分でカスタマイズできるものまであります。

 また一番肌に触れるものなので、「店舗で計測してもらって試着し、ぴったりなものを選ぶ」ことがわりと一般的に認知されつつあります。寝るとき用などシチュエーション別のものも多々販売されており、下着を選ぶことはやや高級な寝具を選ぶ感覚に近いかもしれません。

 しかしここ中国では基本的に計測はなく見た目でサイズを判断し購入、デザインもほぼ似たようなものが多いのでこだわりのない靴下をECで購入するような感覚の商材ということに驚きました。

 さらに中国は日本と異なり性的なものへの取り締まりが厳しいです。その影響もあってか、セクシーな下着は風俗を連想する悪いイメージがあります。下着のような話題はオープンにしずらいものだった、ということが後々になって分かりました。

※ブラ知識補足:
 基本的に「ノンワイヤー」と表記がないブラは、胸の形をコルセットのように整える固い針金のようなワイヤーが入っています。サイズが合わなかったりすると体に不快感をあたえるだけでなく、胸の形を悪くしたり、ワイヤーが肋骨などに当たり痛みや黒ずみ跡の原因になります。
 「快適」「ノンワイヤー」「寝るとき用」「スポーツ用」などは基本的にワイヤーがなく、体に負担が少ない設計になっています。
 参考:ブラジャーの種類を知る|下着の基礎知識 | ワコール
https://www.wacoal.jp/advice/contents/post-38.html

ビクトリアズシークレットの衰退と下着カテゴリー細分化の流れ

 2010年代は中国の急速な発展に伴い、海外製品が様々な商材で好まれました。
下着も例外ではなく、「セクシー、美しい、装飾的(デザイン)」であるビクトリアズシークレットの人気が出ました。またビクトリアズシークレット側もアジアでの拡大を目標にフラッグシップ店をオープン、2017年にアジア初の大規模なファッションショーを上海で開催。有名なゲストやモデルを招待し、混乱がありつつも大きな話題になりました。

 しかしながら2015-2020年はキャッシュレスが普及、海外から中国に戻ってくる”ウミガメ族”の帰国や昔の中国ブランドや文化を再解釈する”国潮”が流行、95年代生まれの個性を大事にする文化から他の人と被らないマイナーブランドの選択が流行ったり、よりヘルシー文脈が進行しフィットネス文化のマス化など、様々な社会背景が変化する過渡期でした。中国国産ブランドへの追い風とともに、「他人に見せるためではなく自分のために」という風潮から快適で健康的にボディフィットするスタイルが一気に人気を博し、完璧なスタイルのエンジェルたちが看板のビクトリアズシークレットの人気は低迷していきました。

 またその流れと平行してユニクロの「ブラトップ」「ワイヤレスブラ」などノンワイヤー商品が流行し、ノンワイヤーブラ市場の拡大に貢献します。

 そののちに中国国内ブランドや「NEIWAI(内外)」「Ubras」が登場。この2大ブランドのおかげで、後続ブランドでは若年向け、大きいサイズ向けなど細分化したカテゴリが続々登場。2015年頃に一度冷えた下着市場も数年成長し続けており、2021年には5,373億元に成長すると予想されています。

新世代の女性は心地よい生活状態を追求している。
https://www.cbndata.com/report/2619/detail?isReading=report&page=6

新カテゴリー「サイズレスブラ」を生み出した国内ブランドUbras

 Ubrasは「サイズレスブラ」という新しいジャンルを確立しました。サイズが1サイズしかなく、どんな体形の人にも万能である業界の革命児です。

 ブランドは2016年に設立されましたがあまりパッとしなかったUbras。もともとはSMLの3サイズを販売していましたが、先駆者のユニクロやNEIWAIととても似ていてあまり売れていませんでした。しかし2018年にサイズレスブラを発表し人気が爆発。2020年、8か月間Tmallで販売量1位に、ダブル11では下着部門でとうとうTOP1に。10月24日から11月3日までの第1回のダブル11販売期間では、1時間45分で1億元の売り上げを記録しました。

 Ubrasが売れた要因は時代の追い風もありますが、大きく三つの理由があります。

 一つはサイズレスによる購入障壁の低さです。消費者にとって試着なしのEC上で自分に合ったブラを購入することは難しく、結果サイズが合わないことも多く返品も面倒でしたが、サイズレスブラではその心配がないので自分用はもちろん、ギフトとしても失敗がありません。

 二つ目は従来の下着のようなレースやサテンがあしらわれたデザインとは全く異なり、見せても恥ずかしくないシンプルさです。実際中国のヘルシーに少しセクシーさを入れたファッションスタイルにもよくマッチしています。特にUbrasのユーザーは若年が多く、Ubrasと羽織りものでコーディネートを完成させることも多々あります。

 三つ目は広告関連法に引っかからないビジュアルのヘルシーさです。性的なものの基準が日本よりはるかに厳しい中国では、下着の広告など画面に対しての肌分量はかなり難しいものがあります。しかしその広告関連法にも引っかかることなく、ライブコマース上で商品を着用したモデルが出演することも可能な点も現代にとても追い風になっています。

Ubras公式天猫サイトより引用。90年代以降に多大な人気を誇る欧阳娜娜がイメージキャラクター。

「心も体も自由にする」を掲げるグローバルブランドNEIWAI(内外)

 2012年に生まれたNEIWAI(内外)は、ノンワイヤーブラの代表格ブランドです。もともと下着市場にトッププレイヤーがいなかったところに2010年代後半の価値観の変化が加わったことによりNEIWAIとって大きな追い風となり、2015年-2018年では毎年400%成長を達成し続け、天猫の販売ランキングで2018年は8位にランクインしたブランドです。

 欧米の下着市場とは異なり、包括性と多様性を促進する中国の下着ブランドはまだ珍しく、もともと28-35歳あたりの客層でしたが徐々に若年化し、ブラだけでなくパジャマやスポーツ用などと発展し大きく成長し続けています。

NEIWAI公式天猫サイトより引用。国際的に知名度の高い王菲がイメージキャラクター。

 NEIWAIは多様性を標榜する際に、サイズだけではなく、形についても言及しています。例えば胸の間が広く空いている、胸が下を向いている、涙の形をしているなどという、個人の胸の形に対して言及するブランドは他に類を見ません。

 日本ではもともとワイヤー市場が大きく発展していたために冒頭のような機能性がたくさんあるという話をしていましたが、中国市場でノンワイヤーで形の多様性に言及する有名ブランドはNEIWAI以外見たことありません。

今後ボディポジティブはどの程度広まるか

 中国では美しい条件とは「女性はスリムで色が白く若いこと」とされています。この価値観はかなり長い間変わっておらず、年齢差別やサイズ主義などのルッキズムは往々にしてあったかと思います。少し前ですが見た目重視が加速し、「颜值经济(見た目経済)」という言葉が多く騒がれ、その時代にライブコマースを行うKOLの顔が同じような顔に整形することから「网红脸(KOL顔)」という言葉まで流行ったほどです。

 そこから2、3年。昨今の時流で「私は私らしく」と個性に重きを置く時代になりつつあり、オーディション番組などに出演するタレントも中性的であったり一重であったり40歳を越えたタレントであったり、多様性が出てきたといわれています。しかし結局そのカテゴリー内で整った顔や細いスタイルをしており、颜值经济(見た目経済)は続いているように感じます。

 そんな中でNEIWAIが2020年行ったキャンペーン「NoBody is Nobody」。「頭の悪い巨乳」、「母親」、「老人」、「小さい胸」、「傷跡」などネガティブに取られがちなラベルを受け取った方々が出演しています。2020年の製品は「ボディダイバーシティ」を標榜していたためにこのようなキャンペーンを行っていました。NEIWAIのブランド売り上げに比べると拡散されている数が少ないように思いますが、このようなブランドがあること自体、中国の下着業界やルッキズムに大きな影響を今後も与えていく希望になると思います。

 下着という分野は衣服の最後のケーキと言われ、社会が成熟するとともに自分を反映されやすいカテゴリーです。NEIWAIやUbrasのような多種多様な体型を受け入れるブランドの勃興により、下着業界からどれくらい多様性という観点で社会に影響を与えられるか、今後の発展にも注目です。