2021.12.13

今さら聞けない中国マーケシリーズ第3回−−「ここで差がつく中国マーケティングリサーチ」

中国に進出する多くの日本企業では中国市場に関する何らかのリサーチを行っていると思いますが、必要な情報が見つからない、日本と同じやり方でリサーチをしてみたけど上手くいかなかった、などリサーチに関するお悩みを聞くことが多々あります。そもそも中国でマーケティング意思決定に必要な情報を得るためには何をすればいいのか?中国で行うリサーチの注意ポイントは何か?今回は前職の調査会社で多数のグローバルリサーチを支援し、5000人を超える中国の消費者を見てきたbalconia副総経理の川崎が中国でのマーケティングリサーチについてお話します。

「日本同様」が通用しない中国マーケティングリサーチ

---中国進出にあたってマーケティングリサーチをしてみたものの、課題解決に必要な情報が得られなかった、調査結果をどう解釈していいかわからなかった、という経験をした日系企業担当者は少なくないと思います。まずはマーケティングリサーチに対する認識合わせをするためにリサーチの役割やリサーチをする上で大事なポイントについてお聞かせください。

川崎 マーケティングリサーチとは市場や消費者のことを知るツールです。活用の場は多岐にわたりますが、担当者一個人のレベルだとなかなか把握しきれないニーズが出てきた時にリサーチは非常に有効な手段だと思います。例えば、市場が成熟してターゲットが多様化している場合や全く新しい市場を開拓するような場合ですね。

ただし注意頂きたいのは、マーケティング上の課題を整理する、仮説を構築・検証するために必要な情報を得るのがマーケティングリサーチだという位置づけです。つまり、マーケティングリサーチをゴールにしないことです。とにかくリサーチすればいいというわけではないですし、リサーチをしたからといってすべての問題が解決できるわけではありません。リサーチで明らかにすべき課題をいかに設定するか、同時にその結果をどうやって使うかによってリサーチの価値が決まってきます。

---マーケティング課題のすべてをリサーチだけで解決することはできないですが、リサーチというツールを使って課題解決に必要な情報を取得してマーケティング意思決定を行う、というリサーチ本来の役割をわかった上でリサーチを活用するというのは重要なポイントですね。

川崎 そのような理解でマーケティングリサーチを活用いただければよりワークすると思います。リサーチのことを決して過小評価しているわけではなく、リサーチにしかできない役割はありますし、リサーチをすることで先に進める場面はたくさんあると思うので、そういった目的で活用いただきたいです。

---リサーチ本来の役割を再確認できたところで、今回のテーマの本題となる「中国マーケティングリサーチ」について聞かせください。balconiaは中国進出している日系企業のマーケティング支援をする機会も多くありますが、事業フェーズごとにどのようなリサーチをすることが多いですか。

川崎 日本市場や欧米市場に新規参入する場合は、まずはその国の国家統計を調べることから入り、そこでデータが足りない場合は日本で言うと矢野経済さんなどのいわゆるシンクタンクの各種データを確認することが多いと思います。

中国でも同じステップで事業参入に必要なデータを取得できれば良いのですが、中国は国家統計が日本ほど整備されておらず、シンクタンクなどによる業界データも日本や欧米ほど整っていません。そのため、必要なデータをどのようにして入手するのかというのは多くの企業が最初に突き当たる壁になると思います。

業界データが整備されていないと言っても、ざっくりとした2次データはありますしユーロモニターなどのグローバルデータサービスのデータもありますので、それらを活用するのも当然ありですが、課題ごとに実施する消費者調査を初期の頃から積み上げていかないといけないケースが多いのが中国マーケティングリサーチの特徴です。

---中国で新規事業参入するにあたり業界データを入手したい企業も多いと思いますが、そのようなときにおすすめのリサーチはありますか。

川崎 業界動向や競争環境などを把握する際におすすめなのは、業界・競合調査です。
事業を考える際に、カテゴリによっては業界データがほとんどないケースもあるので、そういう時は業界・競合調査をおすすめしています。日系企業では業界・競合調査の実施は少ない印象ですが、活用できる場面は実はもっと多いと思います。

ただし、業界・競合調査を行う際にはスケジュールの余裕を持っておきたいです。というのも、平均1-2カ月程度要するケースが多いからです。もちろん調査内容によって期間も大きく異なりますが、そもそもその業界に精通した有識者を探す時間や情報を検証するステップが必要なため、1-2カ月ぐらいの期間を想定したほうが安全です。

---業界・競合調査によって業界の構造を把握したり、主要プレイヤーの動向を確認できるのは新規事業に参入する上で非常に有益な情報になりますね。

川崎 成功事例に学ぶことは非常に大事だと思います。競合の逆張りをするにしても成功事例やそのエッセンスを知っていなければ適切な意思決定を行うことはできないと思いますので、ざっくりとした業界動向や市場概況を知る上で競合調査はとても有効だと思います。
あと、市場の売上規模などのデータもあまりオープンになっていないことも多いですが、そういうときに有識者にヒアリングして市場規模の概算値を推計するケースもあります。

BtoCであれば単発の定量調査でカテゴリ使用率や年間消費額などを把握してそこから市場規模を推計するのもありだと思いますが、BtoBでは業界・競合調査がおすすめです。

---業界動向は競合調査でも把握できると思いますが、多くのBtoC企業はターゲット理解を深めるために消費者調査を実施されていると思います。川崎さんはこれまで中国で多くの消費者調査を支援されてきたと思うのですが、中国の消費者の実態を探る上でおすすめの手法や注意すべきポイントなどあれば教えてください。

川崎 まず消費者調査は大きくは2種類に分けられます。数値データで結果を語る定量調査と、言葉などで結果を語る定性調査です。
定性調査はリアルな消費者の方を見ることが出来ますし、課題に対する示唆を直接的に得ることが出来ます。目の前に課題がある場合は定性調査の方が役立つケースは多いと思います。

逆に定量調査が活きる場面としては、使用実態や習慣をざっくり抑えたい、コンセプトや商品、パッケージを数案の中から判断する、定性調査で持った仮説を定量調査で検証する、経営サイドに数字で語る必要がある、といった場合です。このように消費者調査も目的に合わせて定性調査・定量調査を上手く使い分けていただくのがよいと思います。

---日本にいると現地の実態がわからないことも多いので、定性調査やお宅訪問などでターゲットを実際に見ることは課題整理や仮説立案には非常に有益ですよね。

川崎 例えば、中国のターゲット像で「おしゃれな人」と設定したときに、消費者のお話を聞いているだけだと日本と変わらない、もしくは日本より更に豪華な生活をしているような感覚になります。それで、日本人が想像するような港区のホテルライクな洗練された家に住んでいるのかなと思いきや、実際にお宅訪問をしてみると中学生の勉強机がそのまま使われているとか、そういうギャップも普通にあります。一口に「おしゃれ」といっても「おしゃれ」の中身が全然違ったりするので、クリエイティブや施策を考える上では実際のターゲットに会うことはすごく有効だと思います。

---実際にターゲットを見ることも大事ですが、そこから何に気づけるかは見る側の感度も大事になってくると思います。消費者調査については日本と中国で同じ調査を行って比較している企業も多くあると思いますが、日本と中国の消費者調査を比較して何かギャップを感じることはありますか。

川崎 定量調査は日本と中国で結構異なります。中国でも定量調査の手法としてはWEB調査がメインとなりますが、日本人ほどきちんと回答してくれるわけではないので、いい加減な回答者や回答矛盾を確認・除外するといったデータクリーニングを丁寧に行うことが必須になります。日本の感覚でWEB定量調査のスケジュールを考えると実査を1-2日で完了できるケースもありますが、中国ではデータクリーニングに時間をかけるため日本よりも実査期間は長く5-14日程度必要になるのが大きな違いですね。

一般的にWEB調査は日本よりも時間がかかるケースが多いですが、対象者人数が少なくても急ぎで結果が必要となった場合に、中国では場合によってはWEB調査よりもCLT(会場調査)の方がよい場合もあります。会場はどこでもいい、街頭調査でもいいという場合は実はWEB調査よりもCLTの方が早く検証できるケースがあるので、その都度調査会社に相談されると良いと思います。

ちなみに、パッケージ調査については日本では一定条件を満たした会場で什器などもきちんと整備した上で実施されることが多いと思いますが、中国では日本と同条件の会場はなかなかないです。特に、地方都市ではCLTの会場として使える場所が限られてきます。例えば、数年前の成都だとストリートキャッチ(街頭での調査対象者呼集)ができて、会場の広さがあって個室もある場所というと雀荘やお茶屋さん、レストランが定番の場所でした。笑

このように同じ調査を日中で実施するにしても、日本と全く同じ条件で中国でも実施できるとは限らない点は注意いただきたいです。

中国人消費者を深く理解するための視点

---中国でのマーケティングリサーチは日本と同じ感覚でできるとは限らないというのは面白いポイントですね。調査企画だけでなく分析やデータ解釈でもこのような注意点ってありますか。

川崎 日本と中国で同じ調査をした場合、同じ調査結果に見えてもその背景は異なる可能性がある点は注意したいです。それはリサーチ結果を読み解くうえで非常に大切だと思います。

例えば、中国の調査で「最近健康に気を付けています」という発言を聞いて、中国も日本と同じように健康意識が高まっている、と表面的な理解で終わるのはもったいないと思います。というのも、中国ではベーシックな健康意識は日本よりも高く、食べ物の食べ合わせなど東洋的な健康意識が当たり前のように根付いています。ぱっと見は健康に意識していないような若者でも「喉が痛いのにそれを食べてもいいの?」等と東洋医学をベースとした健康意識を当然のように持っています。このような東洋的な健康意識は当たり前のように根付いているため、調査で健康意識を聞いてもなかなか自発的な発言として出てこないことが多いです。こういった考え方をベースに中国での「健康に気を付けている」という発言を紐解くと、中国で高まっている健康意識というのは東洋的な健康意識をベースにサプリメントやワークアウトといった西洋的な健康意識が追加されて伸びている、といった解釈が出来てきます。

日本と中国で似た事象が起こっていたとしても日中の微妙な違いに気づけるか、そういった視点が持てるかどうかはリサーチをする上ですごく大事になると思います。人々の意識の違いを差し引いたり付け足したりしながらリサーチ結果を解釈するためには、現地の人や現地事情に詳しい人の意見にどれだけ耳を傾けられるかだと思います。

---文化的な背景を知らなければ気づけないことは多くあると思いますが、他にも日本の担当者が中国で消費者調査をする中で陥りやすい罠ってありますか。

川崎 商品の使用シーンの仮説を持つ際は気を付けた方がいいです。例えば、日本の化粧品だと「オフィスで化粧直しに行けなくても大丈夫」というファンデーション等、オフィスの場面を狙ったものも多いと思います。ただ、日本の就業環境に近い状況で働いている人は、中国では大都市の大きな企業に限られる等、意外と少なかったりします。そのため多くの人はこういった使用シーンに対して共感が出来ず「化粧直ししたければ行けば良いじゃん」といった反応になりがちです笑。オフィスでの働き方一つとっても日本と中国では違う点が多くありますので、使用シーンに結び付けてターゲットユーザー像を描いたり、提供価値の受容性をはかるときは注意が必要です。全然違う人を見てこの商品は可能性がありませんでしたと判断することになる恐れもありますし、逆に市場性がすごく小さいのにこの方向性でいけるという誤った判断をすることもあるかもしれません。

---ターゲットや使用シーンの仮説を持つ際に定量調査ができればよいと思いますが、コストをかけずに絞り込みの仮説を持つ方法ってありますか。例えば、現地の人に軽くヒアリングをすればある程度わかりますか。

川崎 現地の人何人かに軽く聞いてみるのもよいと思います。あと、通訳さんは日本・中国両方の文化を知る存在として貴重ですので、接する機会があれば是非色々質問されると良い学びが得られると思います。

あとは日本にいらっしゃる中国人の方にお話を聞くのも良いと思いますが、在日中国人の中でも中国本土の情報にほとんど触れていない方もいらっしゃいますし、「在日中国人」という括りだけで本来のターゲットとは全く違う人の意見を聞いてしまっては逆に混乱のもとになったりもします。

仮説を持つための初歩として知り合いや在日中国人の方に軽くヒアリングをするのはもちろん有効ですが、必ずその仮説を現地の実際のターゲットの感覚を持つ方にぶつけて検証した方がよいと思います。

---現地の事情を正しく理解するためには誰に聞くかが非常に大事になってきますね。そういった観点でいうと中国で消費者調査をする際にエリアの選び方で悩まれる人も多い印象ですが、中国での調査地域の設定について基本的な考え方などありますか。

川崎 中国で調査地域をどう設定するかは定量も定性も重要です。リサーチ会社から提案をもらう企業も多いと思いますが、まずはメーカーさんの意思が大切だと思います。戦略的にどの都市・エリアを攻めたいのかということをベースに調査地域を決めるのが基本です。

ターゲット視点でいうと、いわゆる先進的な層やミドルクラス以上の層を見たいときは1級都市と1.5級都市といった大都市から見るのがおすすめです。日系企業の多くは1級都市と1.5級都市を見るパターンが多いですね。事業観点でいっても中国ではECで商品や情報が広がっていく傾向が強いため、新商品・新サービスに最初に反応しがちな1級・1.5級都市の消費先進層を見ておけば十分という考え方もできます。

逆に大都市ではなく中小規模の都市を見たい場合は3級都市以下も対象となります。ただし、3級都市以下はWEB調査のモニターが少なく、いたとしても普通の人よりもリテラシーが高い人が多いなど属性に偏りがあります。そういった人たちがターゲットであればよいのですが、3級都市在住の普通の人を調査対象としたい場合はWEB調査ではなくオフラインでの調査実施も検討した方がよいと思います。

結局どうやっても全数調査は出来ないですし、予算的にもどこかに集中することになりますので、ある程度はメーカーサイドの意思で決める必要が出てくると思います。自分たちが誰に向けて商品・サービス開発をしているのか、ターゲットはどのエリアにいるのかという視点で考えていただければと思います。

---ここまでお話いただいた伝統的なマーケティングリサーチ以外にも新たなリサーチがたくさん出てきていると思いますが、中国のリサーチトレンドなどありましたら教えてください。

川崎 中国ではビッグデータを用いた分析は相当発達しています。オンライン上のデータであれば口コミやEC販売データなどは入手できますし、デジタルメインで見るのであればそういった分析も可能です。ただし、こういったデータ分析をしても実際の消費者は見ることができません。そのため、自社のターゲット層を自社独自モニターとして囲い込み、定期的にインタビューやワークショップを行うといった取り組みをされているメーカーさんもありますね。
商品開発という側面で見ても中国はこれだけものが溢れかえっている状況ですので、差別化のために深い定性的な理解を得る必要性は今後も増えると思われます。

良質なマーケティングリサーチを行うポイント

---深い消費者理解のためには分析やデータ解釈の際にリサーチャーの技量も求められると思いますが、良質な調査を行うためのポイントや良いリサーチャーを見分けるポイントってありますか。

川崎 どんなアウトプットが出せるかももちろん大事ですが、何を検証するかという仮説立案や、何が優先度の高い課題かを見極めていくことが重要です。調査企画時に、今回検証すべき課題や仮説をどこまでシャープにできるかで調査品質が左右されます。リサーチャーと話す時に、そういった部分を注意して見てもらうのが良いと思います。

また調査品質を高めるためにはリサーチャーにきちんと情報をブリーフいただくことが非常に重要です。曖昧なブリーフでも、ただ結果を出そうと思えばいくらでもできてしまいます。ブリーフで単にこういうデータが欲しいとだけ伝えるよりも、課題の背景含めて相談いただいた方がプロの目から見たフィードバックも得られると思います。
課題を一緒に探る、落とし込むこともリサーチ会社やエージェントサイドのお仕事の一部なので、クライアントの皆さんにもそこも一緒にするという意識をもってもらうとリサーチの品質はすごく良くなると思います。

---中国におけるマーケティングリサーチの様々なポイントを教えていただきましたが、最後にリサーチ結果の活用について質問させてください。マーケティングリサーチをして終わりにしない、調査結果を有効活用するために気を付けるべきことは何ですか。

川崎 マーケティングリサーチが活きるポイントでいうと、定量調査は経営サイドや何かを決断する際の判断基準になるというのはわかりやすいと思います。ただ、先ほどお伝えした通り情報の背後にある意識や文化を知っているかどうかでデータから得られる示唆は変わってきます。定量調査の結果を読み込むときは、現地事情がわかっている人の意見を聞きながら結果を解釈していくことが重要になると思います。

一方、定性調査は活かし方が多様です。意思決定にももちろん使っていただけますが、一番はターゲットの理解になると思います。ターゲットの人達が何を考えているのか、どういうことを提供すればいいのか、を考える際には非常に有効です。たとえば、日本の本社と中国現地での意識が合わせられない時に、実際のターゲットをみんなで一緒に見て、同じ情報をベースに話し合うと、意思決定がスムーズにいくこともあります。

これは定量調査・定性調査ともに共通して言えることですが、リサーチ結果がAという結論だったからといってAという意思決定をする必要はありません。リサーチ結果がAだったけどどうしようか?とみんなで話し合うための材料にする、そういった目的でマーケティングリサーチを活用いただくのが良いのではと考えています。

川崎 訓

balconia株式会社 上海オフィス副総経理
インテージチャイナの事業責任者を経てbalconia Shanghai副総経理。インテージ(東京)時代から一貫してグローバルリサーチに従事し、日系企業の海外マーケティングのサポートを続けてきた。中国でみてきた消費者は5,000人を超える。マーケティング理解に基づいた、消費者に対する深い洞察を得意とし、消費者インサイトを起点に戦略立案やクリエイティブへの提案を行う。
個人Twitter: https://twitter.com/sa_10shi

聞き手
小平田 純華

balconia株式会社 ブランド・ストラテジスト
コンサルティングファーム、リサーチ会社を経て現職に至る。自動車、化粧品・日雑、医薬、食品、アパレル、宝飾、サービス業を中心にマーケティングコンサルティングに15年以上従事。女性消費者のインサイト導出はクライアントから高く評価されており、新商品・新サービス開発、事業戦略立案などに定評あり。