2022.01.17

第5回 「ここで差がつく中国人事・組織 Part2 -人材マネジメント-」

ビジネスやマーケティング活動を語る上で切っても切り離せないのが人事や組織制度です。日系企業の方からは「優秀な人材が獲得出来ない」「人材流出が止まらない」「人が育たない」といった悩みや、「駐在員が本来の役割を果たせていない」といった声をよく聞きます。日本とは異なる中国という環境において人事や組織を戦略的に考え、どのように設計していけば良いのか?今回は中国でHRPコンサルティングを中心に研修講師として活躍されている他、上海で総経理塾を開くなど、中国の日系企業の経営・組織に長年関わっていらっしゃる金さんをお迎えし、中国の人事・組織制度のお話を2回にわたってお届けします。(Part1はこちら:第4回 「ここで差がつく中国人事・組織 Part1 -現地法人の組織課題-」https://www.balconia.cn/blog/20220110.html

Part2では中国での人材マネジメントや育成についてお話を伺いました。

日本人と中国人のキャリア観の違い

---前回の「ここで差がつく中国人事・組織 Part1」では、中国現地法人の組織課題として経営幹部の育成や現地化・権限移譲について詳しく聞かせていただきました。特に市場環境の変化が著しい中国においては現地化の推進が事業成長に欠かせないというのはまさしくその通りだと思いますが、現地化促進のためには中国人の働くことへの意識やキャリアに何を求めているのかという理解も必要だと感じています。中国のキャリア観は日本とどのような違いがあるのでしょうか。

 日本と海外では仕事に対する意識は全然違います。日本は「積み上げ式」をベースとしたキャリア観です。日本人の多くは地元の小中高校に通い、大学は自分が入学できる大学に入り、大学4年間で勉強しながら自分の人生を模索し、社会人になっても経験を積み上げることを大切にしています。これまでの自分の経験をベースに一つずつ人生を積み上げていく人が多いです。

一方、欧米の考え方は「逆算式」をベースとしています。「あなたは一人の個です、あなたはどのような人生を生きたいですか?そのために学びたいことは何ですか?あなたに合う大学はいくつかありますがどれを選びますか?それを選ぶためにはあなたはどのように勉強をしますか?」というように、ゴールから逆算して考えます。そのため、新卒であろうとある程度スキルやキャリア設計が出来上がっている人が多い印象です。このような考え方は日本とは異なりますね。

そして中国についてですが、彼らはスペシャリストを目指し、専攻を活かして企業に入りたい人が多いです。大学院に行く人が多いのも学歴を積むことによって良いキャリアが築けるという考えがベースにあります。そのため中国の人が企業に対して求めることは、自分のキャリアをどれだけ伸ばせるのかという「発展空間」を重視しています。「私は大学でこれを専攻して、インターンでこういうことをしてきました。将来はこうなりたいので、企業は私にどれだけ支援してくれますか?どれだけ私に活躍の場を与えてくれますか?」という対等な要求を持っています。自分のキャリアに対するメリットを企業に求める傾向が強いので、中国人のキャリア観を知って面食らう日本人も多くいるかもしれません。

日本は新卒で大量採用されて、色々な部署へと配置転換があり、経験を積み上げマネージャーになります。マネージャーとなっても色々な部署を経験し、ゼネラリストとなっていきます。日本でも専門性を活かして転職をしてキャリアアップする人は増えていますが、1つの会社に長く勤めることを前提とする「社内価値」が高い人がたくさん生まれる傾向にあります。

一方、中国の人は自分の「市場価値」を上げようと必死です。日本的に言うと、就職してすぐの若者が何を生意気な!と思うかもしれませんが。笑 自分のキャリアを会社の中でどう活かせますか?自分の実力を伸ばしたいので会社は私にどのような支援をしてくれますか?という考えが中国人のベースにあります。その点が日本と中国の大きな違いだと思います。

---おっしゃる通り中国の方は「発展空間」を重視する人が多いですね。しかし、その一方で実際は社内の人間関係などの「発展空間以外の部分」を気にしている人も多い印象です。「発展空間以外の部分」では日系企業は比較的認められているような気がしていますが、中国の人にとって日系企業で働く魅力は何だとお考えですか。

 日本企業で働くことを選ぶ中国の人たちを見ていると、まず日本語が話せる人は自分のスキルが活かせるというのはあります。それ以外にも、契約が履行され給料の遅延がないなどのコンプライアンスを重視していることや福利厚生がしっかりしていること、長期雇用を前提としていることは日本企業を選ぶ魅力点として挙げられると思います。

中国人でも、1つの企業で長く働きたいと思っている人や安定を求めている人は多くいます。日本企業でも成果主義や360度評価などを取り入れていますが、長期雇用を前提とした人事制度で役職とともに賃金を上げていく企業が依然として多いです。早く成長して自分の市場価値を上げたい人にはややまどろっこしく感じますが、短期的な成果だけにとらわれず長期間にわたって成長を支援するという日本企業の良さがきちんと言語化されて中国人に伝えることができれば、日本企業で働くことは非常に魅力的だと思います。

しかし、多くの企業ではこのような魅力が言語化されていませんし、それを伝えられてもいません。10年かけて育てる意味や、会社に入ってどのようにステップアップしてスキルアップ出来るのかはもっと伝えた方がよいと思います。これは日本の強みでもあり弱みでもありますが、言語化をすることに長けておらず「推して知るべし」という文化の影響もあると感じています。

日本人は勤勉で謙虚です。経験が浅い時は過分な要求はせず、会社の言うことをききます。これは多くの日本人にとって染みついている感覚かもしれませんが、それが独創的な発想をする人間よりも、指示待ち人間を生みやすくしています。このような日本のスタイルをそのまま中国に持ってきてしまうと上手く機能しません。 日系企業で長く働く中国人もたくさんいますが、切磋琢磨をして能力が高い人が長く残っているのか、駐在員にとって扱いやすい人が残っているのでは状況は違いますよね。「辞める若手・辞めないベテラン」問題です。人事の問題や課題は経営にとってとても重要なので本来は総経理が変わったタイミングで事業戦略と合わせて人事戦略や組織を改めて見直す必要があります。またそれが総経理の本来の仕事だと思っています。

---日本の人事制度や考え方をそのまま中国に持ってきても機能しにくいですし、日系企業で働く魅力をきちんと言語化して伝えていくというのは確かに大切ですね。それ以外にも中国現地法人の人事制度を考える上で大事なポイントはありますか。

 人事制度はどのような国・企業であっても基本となる部分は変わりません。手法や項目はいろいろ変わりますが人事制度の考え方やフレームは同じです。人事制度の目的は、企業が目指すべき姿のために社員に成長してもらうためにあります。

自社の魅力を言語化することも重要ですが、事業から落とし込んだ人事戦略を考えてそれに制度を紐づけることが大事です。だからこそ、市場環境や事業が変わった際には必ず人事制度を見直す必要があります。前に作った人事制度がいくら素晴らしいものだといっても、今の環境では評価項目が足りない、評価項目が違うことは往々にしてあります。企業が求める人材へと成長させるためには評価項目や基準、手法を変えることを必要に応じて行わなければいけません。評価項目以外の観点で「あの人は仕事ができる・できない」と評価をすることはあるかもしれませんが、本来であれば評価項目以外の観点で人を評価するべきではなく、企業として求める人材の評価軸を見直した上で評価すべきです。

---そこは日本以上に気を付けなければいけない点ですね。日本は「推して知るべし」という文化がありますが、中国ではそういった文化はあまりない印象で、通用しないと感じています。

 私は「推して知るべし」という文化を、推測・期待・テレパシーの世界と呼んでいます。笑。評価項目以外で気にしなくてはいけないことが山ほどあって、皆が暗黙の了解で仕事をしています。評価項目以外で評価されてもあまり文句を言わずに次はもっと頑張ろうと思える日本人は多いですし、それはそれですごいと思います。日本人の自責で考えるスタンスや勤勉であること、猛烈に頑張ることが日本の経済成長と発展を支えてきたのは確かです。ただ中国に長年いると、中国国内の状況の変化と経済成長と共に日本企業のプレゼンスが低下していることを実感します。イノベーションのスピードや社員のモチベーションも全然違いますし、人事・組織を含めて変革をしていかなければ後塵を拝してしまうという危機感があります。

中国での人材マネジメントのポイント

---現地法人のスタッフがそれぞれの役割を発揮して活躍することが日系企業の成長に必要な要素であることは間違いないですね。人材育成という観点でいうと、これまでは駐在員や幹部の人が中国人社員を直接教育していたと思いますが、今では中国人のマネージャーたちが新入社員を教育する機会も増えていると感じています。そこでなかなか人が育たないという声も多く聞きますがこの点についていかがお考えでしょうか。

 それは育て方がわからないからだと思います。マネジメントを含め理論はたくさんありますし、日本では実体験でそれを感じたり研修で学んだりする機会も多いと思いますが、中国では人の移り変わりも多く、企業として体系立てて整備されている企業は多くないのかもしれません。中国の人は自分が頑張ることには長けており、自分が前に出るのは個性も強く自己主張も強いので得意ですが、チームや部下の育成は不得手な印象です。チームや部下を育成しろと言うと、メンバーを入れ替えてください、もっと優秀な人を付けてくださいと逆に要求されることもあります。評価Bの人を評価Aにどうやって上げるのか、評価Cの人のモチベーションをどうやって向上させるのかといったことを考えるのがマネジメントの仕事でありリーダーの仕事だと思いますが、それをするのは骨が折れるのでSクラスやAクラスの人材を集めてくれという話になりがちです。Sクラスの人材を5人集めるのは会社や人事の仕事でしょ、というのが彼らの主張になります。

こういった話になった時にどうしたらいいのかと悩む日本人は多いと思いますが、まずはマネージャーや経営幹部の役割は何かをきちんと定義されているのか。そして、職務内容や役割と評価がすべて紐づいた状態にすることで各人が何をしなければいけないのかを明確にすることができます。そういった前提があるだけでも全く違ってきます。

ただ、実際は非常に難易度が高い課題だと思います。というのも、人間は制度だけでは動かないからです。私は「文化・仕組み・人」が大事だとよく言っているのですが、判断基準や価値観といった文化が浸透しているのか、仕組みが機能しているのか、そこで働いている人たちは本当に生き生きと働いているのか。この3つの要素をどうしていくのかを考えるのが総経理や経営幹部の仕事だと考えています。現地法人は本社と一体化して考えられがちですが、本社は現地法人をコントロールするのではなくサポーターとして何が出来るかを考えてみることが必要だと思います。

---組織を考える上では「文化・仕組み・人」が大切とおっしゃっていましたが、やはり中国でも文化という要素がマネジメントにとって重要だと思いますか。

 相当重要です。それは文化こそ言語化されていないことが多いからです。日本の会社には理念がありますが中国の人には伝わらないことも多いです。それは本社の理念だからです。中国の現地法人は現地法人の経営理念、経営方針があって然るべきです。私は現地法人で理念を作ってくださいとお伝えしています。中国で何を目指し実現したいのかを総経理自らが言語化してください、と。中国の人は会社が何を目指しているのか、将来どこに行こうとしているのか、中国で何を残そうとしているのかを気にしています。会社の未来に対して自分のキャリアが合うのであればそこの会社で働きたいし、それが違うのであれば会社を辞めるという人はよく見られます。文化という言葉には色々な意味が含まれますが、そこは日本企業なりの特徴を言語化して中国流に落とし込むべきだと思っています。 もちろん給与は高いに越したことはないですしマネジメントする上で大事な要素ですが、企業の文化や価値観に合うかどうかという点もとても大事です。例えば、給与の考え方一つをとっても「うちの会社はこのような事業を行っており、今このような役割・責任を求めています。その役割・責任に対する給与はこれですが、評価や人事制度としてはこういったものがあります」と事業・組織・人事がすべてつながっている状態で、それが言語化されているのが一番良いと思います。

---中国人の合理主義的な考え方を刹那主義のように理解してしまう人も少なくないと思いますが、自分の将来の発展をきちんと考えている人が多いですし、企業文化に共感・納得できるかどうかという基準で改めて見直してもらうことは大切ですよね。

 それこそが経営者の仕事だと思います。総経理の仕事といっても、例えばですが社員の友人が怒鳴り込んで来る、誰かと誰かが揉めている、社員食堂が美味しくない、という細々とした日常的な問題にも対処しなければいけません。笑。 その一方で、理想を語り理想を追求していく、そのために制度を整えて文化を伝えていくのは永遠の戦いだと思います。日常に忙殺されるだけでなく、未来を考え、語り、追求することが経営者の仕事だと思います。

---2回にわたる連載を通じて中国現地法人における組織課題や取り組みポイントなどをお話しいただきましたが、人材・組織戦略は一朝一夕に結果が出るものではなく中長期的な取り組みが必要だと思います。それらは地道な活動の積み重ねになると思いますが、最後に中国進出や中国での事業に取り組んでいらっしゃる日系企業の皆さんにメッセージをお願いできますか。

 中国をテーマにお話してきましたが、人事や組織論、リーダーシップといったマネジメントの話は基本的には万国共通だと考えています。しかし日本企業には特異な点も多く、海外に出ることで日本ならではの企業文化に気づくこともあると思います。そういった日本と海外の違いを認識した上で、海外での人事・組織論を理解するということは非常に重要です。中国における日本企業の人事・組織の課題や弱みなどもお話しましたが、弱点や後塵を拝していることは、日本ならではの特徴や長所の裏返しでもあります。どうしてもネガティブな側面に目がいきがちですが、日本人や日本企業の特長としてポジティブに発想転換できないかとぜひ考えてもらいたいですね。

例えば、日本のサービス業は丁寧すぎる、中国の人は多少サービスが劣っていても気にしないなど言われています。しかし、なぜ丁寧であることにこだわるのか、なぜそうしたほうがよいと思っているのかをきちんと言語化して打ち出すことによってそれは文化になりますし、強みにもなります。日本企業は技術力も高く、また日本ならではの特徴があります。中国はもちろん世界で戦えます。自分たちの価値や文化、存在意義は何かということをいま一度見直してみてください。そこに中国で戦うヒントが隠されていると思います。

※Part1はこちら:第4回 「ここで差がつく中国人事・組織 Part1 -現地法人の組織課題-」https://www.balconia.cn/blog/20220110.html

金 鋭 / HRPコンサルタント
神戸で生まれ育った華僑三世。株式会社リクルートを経て創価コンサルティングに経営参加。株式会社インテリジェンスと合弁会社英創を設立。英創人材服務(上海)有限公司総経理、インテリジェンスアンカーコンサルティング総経理を歴任。その後フリーランスとして中国を拠点にHRPコンサルティングを中心に、コーチや研修講師としても活躍。
中国を拠点に25年。HR分野の経験は30年を越える。

聞き手
川崎 訓

balconia株式会社 上海オフィス副総経理
インテージチャイナの事業責任者を経てbalconia Shanghai副総経理。インテージ(東京)時代から一貫してグローバルリサーチに従事し、日系企業の海外マーケティングのサポートを続けてきた。中国でみてきた消費者は5,000人を超える。マーケティング理解に基づいた、消費者に対する深い洞察を得意とし、消費者インサイトを起点に戦略立案やクリエイティブへの提案を行う。