2025.07.02

中国人留学生 vs AI の戦い

近年、AI技術はめざましく、自分の仕事がAIに奪われるのではないかと不安を感じる人がいる一方で、AIを積極的に活用しようとする人もいます。AIに対するスタンスは反対派であれ保守派であれ、共通して言えるのは「AIが私たちの生活にますます深く入り込んできている」という事実です。
そんな中、AIに真っ向から戦いを挑んでいる人々がいます。彼ら影で人助けをする「雷鋒(レイフォン)*精神」に通じる奉仕精神に、ある種の快感すら感じているようです。世界各地に暮らす中国人留学生たちです。いったい彼らは、どのようにAIと戦っているのでしょうか?詳しく見ていきましょう。

*雷鋒(レイフォン):無私の奉仕精神で知られている著名な共産党員。彼の「良いことをしても名乗らない」精神は後に「雷鋒精神」と呼ばれるようになりました。

海外にいる中国人留学生が最もよく使用するアプリはGoogleマップです。このアプリには地図機能だけでなく、レストランやホテル、娯楽施設等に対してレビューを投稿する機能があります。食へのこだわりが強い中国人は、外食はお腹を満たすだけでなく「おいしくなければ意味がない」と考えます。さらに、留学生の多くは限られた予算で生活しているため、食事のレビューを重要視しています。海外でも自分の口に合う料理を見つけ、一銭も無駄にしたくない、コスパの良い食事にお金を使いたいと考えているのです。

当初はユーザーのレビューに対して店舗側が手を加えることはできませんでしたが、悪質な低評価レビューを防ぐ機能が導入され、店舗側はネガティブなレビューの表示順位を下げたり、ポジティブなレビューを優先的に表示させることが可能となりました。また多くの店舗では報酬を与えることでお客さんに高評価レビューを書かせるようになりました。その結果、レビュー欄には偽りの好評価ばかりが並んだ状態になりました。

そんな見せかけの好評価を信じてお店に行ってみると、「全然おいしくない」「お金の無駄だった」とがっかりさせられ、経済的に余裕がない中国人留学生たちは怒りを覚えました。せめて他のお客さんを救いたいという思いから、彼らはわざとそのお店に星5をつけておきながら、中国語でネガティブなコメントを書くという戦略を展開しました。中国語が読めない店舗側はコメントの意味を理解できず、低評価として非表示にもできないため、星5のネガティブなコメントが表示され続けるのです。

こうした中国語を用いた「暗号化テクニック」のおかげで、多くの留学生たちにとって大きな助けとなりました。しかしAI翻訳技術の進化に伴い、一瞬で中国語のレビューが翻訳されてしまうので、中国語の低評価コメントがすぐに店舗側に見つかり、非表示にされるようになりました。

ユーザーはGoogleマップでお店に対して評価や画像共有、コメントをアップします。
画像出典:インターネット

このような状況において、賢い中国人留学生たちはAIに識別翻訳されない方法を次々と編み出しました。例えば、「漢字の同音異字」などがあります。中国語で「まずい(不好吃)」を早口で言うと「報吃(報:新聞紙、吃:英食べる)」と似た発音になります。この「報吃」と書かれたコメントをAIが翻訳すると、「newspaper eat(新聞 食べる)」という意味不明な英文になってしまいます。店舗側は「これはAIの誤訳だろう」と判断して見逃してしまいますが、中国人なら一目で「この店まずいんだな」と分かる暗号なのです。

AIの進化に伴い、こうした中国語の語呂ネタも徐々にAIのデータベースに取り込まれ、すぐに認識・翻訳されるようになってきました。そこで登場したのがアップデートされた「火星文」と呼ばれるより巧妙な漢字の使い方です。火星文とは、普段ほとんど使われない難解な漢字や記号を組み合わせてできた言葉です。一見すると意味不明な言葉ですが、その発音から本来の意味を推測することができる、中国のネット特有の文字遊びなのです。
例えば「芣恏阣(まずい)」という言葉は、外国人には全く理解不能な「呪文」のように見えますが、中国人なら「不好吃(まずい)」と一目でわかってしまいます。

同音異義によって構成された暗号化コメントがAIに解読されてしまいました。
画像出典:RED

ところが、この強化された中国語の暗号さえ、AIの発展という魔の手から逃れることはできませんでした。最近では、AIがインターネット上の膨大な情報を学習し、ついに火星文までも翻訳できるようになったと報告されています。
この事実を受け、中国人留学生たちはあきらめるどころか、むしろさらに挑戦心を燃やしています。彼らは「遠く離れた異国の地にいる同胞にも、おいしいものを食べてほしい」という思いから、知恵を絞ってAIとの頭脳戦を繰り広げています。その方法は様々ですが、ここでその一部をご紹介したいと思います。

まず、よく使用されているのが「文化的な暗号」です。これは、中国文化圏で生活したことがある人にしか通じない、いわば「暗黙の常識」というものです。例えば、「私の高校の食堂と同じくらいおいしい」というレビューの場合、外国人ならこれを「褒め言葉」として受け取りますが、中国人にはすぐにそれが皮肉であることに気づきます。なぜなら、中国ではほとんどの学校の食堂の料理は、まずいという印象が強いからです。このような文化的分脈は、中国で育った人にとっては当たり前でも、AIにとっては容易に学習・理解できるものではありません。

また「蔵頭詩」という縦読みの詩を用いて本音を伝えようとする人もいます。一見すると普通の詩に見えるレビューなので、AIは単なる詩として解釈しますが、実はその各行の最初の一文字を縦に読むと、ネガティブなメッセージが浮かび上がるという仕掛けです。これは、教養ある文化人が仕掛ける、まさに芸術的な暗号レビューと言えるでしょう。

この「蔵頭詩」の各行の頭文字を縦読みすると「千万别来=絶対に来るな」となります。
画像出典:RED

中には縦読み文字もAIに解析されるのではと心配し、コメントの代わりにお皿にメッセージを描き、その画像を投稿する留学生もいます。画像なら普通の料理写真として認識され、店のトップページに表示されるので、ネガティブなレビューが他の中国人留学生にしっかりと届きます。

中国人留学生がご飯粒をお皿に並べて「まずい」というメッセージを伝えようとしています。
画像出典:RED

まさに「道高一尺、魔高一丈」、すなわち「道(人間)が一尺進めば、魔(AI)は一丈進む」と言われるように、AIの進化は止められません。中国人留学生たちはその中で独自の暗号文化を発展させ、異国の地でも仲間を助けようと試行錯誤を続けています。「おいしいご飯を食べたい」という食へのこだわりと、「仲間を助けたい」という優しさの両方が、レビューの中に込められているのです。暗号を解読できた人たちは暗号に感謝すると同時に、民族としての誇りも感じているようです。
一方で、有償で好評価を依頼したり、低評価を非表示にしてしまうような店舗が増えれば、レビューの仕組みそのものの信頼性が失われてしまいます。本来、プラットフォームの健全性を守るのは運営側の責任ですが、私たち消費者にできることはただ一つ、「正直な評価を残すこと」です。そして、同じ漢字を使っている日本でも、他の消費者に地雷を踏ませないための、日本語特有の「レビュー暗号」が生まれるかもしれませんね。
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