「文化の波に乗る」から「文化共創」へーーアウトドアブランドの中国市場における文化的アプローチが進化中
ここ数年、国内外のスポーツ・アウトドアブランドが中国市場で展開してきた文化戦略には、はっきりとした変化が見られます。かつて主流だった「文化の波に乗る」スタイルから、現在は「文化共創」へとシフトしつつあるのです。このような変化は、ブランドが中国の伝統文化を祝祭日マーケティングの単なる「装飾」として扱うだけでなく、文化そのものを再解釈し、再創造するプロセスに本気で関わり始めたことを意味します。つまり、ブランドが中国の消費者心理や文化的コンテクスト、さらには中国の文化に対する誇りや価値意識が強まっている潮流を理解していることの証拠とも言えるでしょう。同時に、この動きはブランドのグローバルな物語づくりが、新たなフェーズへと進んでいることを示す兆しでもあります。
文化は「表面的な記号」から「内面的な意味」へ
初期のブランドによる文化的コラボレーションといえば、その多くは視覚的・記号的なレベルにとどまっていました。たとえば、春節に合わせて赤×金の「新春限定カラー」を出したり、干支や漢字のモチーフをパッケージに取り入れたりといった施策です。こうしたアプローチは短期的な話題づくりには有効ですが、長く続く共感にはつながりにくいものでした。
しかし、中国の消費者が持つ美意識の向上と、自国文化への誇りが強まるにつれ、「文化表現」に求められるレベルも変化していきます。もはや表面的な装飾では満足できず、ブランドが中国文化の精神的な核をどれだけ理解しているかが問われるようになったのです。
その流れの中で、アウトドア・スポーツブランドの文化戦略も進化を迎えます。ブランドは「中国の伝統的な精神性」と自社のコアバリューをどう結びつけるかを探り始めました。たとえば、「探検」「自然」「道」「修行」「循環」といった概念は、中国思想とアウトドアの価値観が高いレベルで響き合う領域です。ブランドは単に文化的なモチーフを借りるのではなく、文化思想そのものを出発点にストーリーを組み立て、共感を生み出そうとしているのです。
「波に乗る」から「共創」への3つのアプローチ
1、Salomon x 中国文化シリーズ「乙巳(Yi Si)」
フランスのアウトドアブランド Salomon(親会社の Amer Sports は 2019 年に中国・安踏が買収)は、2025年の春節に「盘槐模様」から着想を得た中国文化シリーズ《乙巳(Yi Si)》を発表しました。伝統的な意匠と「山の道(Tao of the Mountains)」というブランド哲学を組み合わせたシリーズです。ブランドは俳優の白敬亭をはじめ、中国のアウトドア愛好家たちを起用したショートフィルムを制作し、「自然の道」と「心の修行」が重なり合う世界観を表現しました。

中:Salomon陰陽シリーズ × アウトドア系KOL
右:Salomon兵法シリーズ
画像出典:SALOMON RED公式アカウント
この取り組みは、単なる春節向けのプロモーションではなく、文化の意味そのものを再構築する試みと言えます。Salomonは模様に込められた「調和」や「継続性」といった哲学を、ブランドが掲げる「探求し続ける姿勢」と結びつけることで、価値観のレベルで東西文化が響き合う新たなストーリーを生み出しているのです。
2、李寧(Li-Ning) × 故宮博物院:文化機関との共創
中国ブランドの中でも早くから中国文化とのコラボを行ってきた李寧(Li-Ning)は、2024年末に故宮博物院と本格的なコラボレーションを実施しました。これまでの「ブランドが文化に依存する」という一方向的な関係から脱出し、「文化共創」を中心に据えた取り組みです。両者は故宮の庭園で発表会を開催し、スポーツクリエイティブを通じて中国伝統美学をいかに発信するかに関して議論しました。


中:LI-NING 故宫博物院スペシャルデザインシューズ
右:LI-NING 月白3.0故宮コラボデザイン
画像出典:李寧RED公式アカウント
李寧はもはや文化的なモチーフを単に引用するだけではなく、「スポーツ」を文化的革新の媒介として捉え、伝統文化を博物館の外に持ち出し、日常生活やライフスタイルにまで広げています。このような取り組みは、ブランド自らが文化を再解釈し、積極的に参加している姿勢を示すものです。
3、OSPREY x 童涵春堂:中医学への深掘りと融合
2024年12月、アメリカのアウトドアブランド OSPREY は、100年の歴史を誇る中国漢方薬の老舗「童涵春堂」とコラボし、「包治百病(あらゆる病を癒す)」をテーマにした体験型ポップアップストアを上海にオープンしました。バックパックの展示、計量チャレンジ、漢方の香り袋DIY、マッサージ体験などを通じて、「バックパックの癒し力」と「中医養生の哲学」を巧みに融合させ、現代のアウトドアと東洋の養生文化のコラボを実現しました。

画像出典:OSPREY RED公式アカウント
OSPREYは中医学の「心身を整え、自然に従う」という哲学を深く掘り下げ、ブランドのアウトドア探求精神と結びつけました。単なる中国文化の要素の借用にとどまらず、「癒し」というテーマを通じて東洋文化を現代的に再表現し、中国伝統の知恵を深く理解しながら共創する姿勢を示しています。
ブランドによる文化共創の3つの特徴
1、視覚的な装飾ではなく、価値観の共鳴を重視
文化共創の本質は、精神的な共感にあります。ブランドは「道法自然」「修身求道」「和而不同」といった中国伝統哲学に呼応する価値観を探求し、単なる象徴的な記号の積み重ねにとどまらない深い関わりを目指しています。
2、異業種コラボが文化の架け橋に
ブランドは博物館やアーティスト、地域文化団体などと協働し、多様な文化ストーリーを生み出します。たとえば、李寧と故宮、安踏と地域の無形文化遺産などのコラボは、文化的表現に公共性や社会的価値をもたらしています。
3、文化発信とブランドのグローバル化が双方向に循環
海外ブランドは中国文化を通じてローカライズを推進し、中国ブランドは伝統文化を通じて自らの文化的発信力を強化します。このような双方向の相互作用により、中国文化は単なる消費の対象ではなく、グローバルなクリエイティブ活動に新たなアイデアを提供する存在になりつつあります。
文化共創こそがブランドの持続的な競争力の鍵である
「文化共創」の時代において、ブランドが中国市場で持続的に共感を得るには、次の3つの視点が重要です。
祝祭日から日常へ:文化を春節などの季節限定イベントにとどめず、ブランドの長期的なストーリーに浸透させる。
ローカルからグローバルへ:中国文化を世界的なクリエイティブのインスピレーションとして活用し、ブランド独自の文化的価値を築く。
消費から共感へ:文化は単に購買を促す手段ではなく、共感を生む架け橋となる。
文化共創は一度きりのキャンペーンではなく、ブランド戦略そのものです。そのためには、文化の生命力を真に理解することが求められます。つまり、文化を装飾として借りるのではなく、共感される信念として捉えることです。アウトドアブランドが文化と共に歩み、文化と共に創造することができれば、中国市場でのブランドストーリーは単なる「商品を売るための物語」ではなく、「精神を伝える物語」へと進化するでしょう。