中国の自動運転産業──業界全体が“盲目的な熱狂”から“実用化”へと向かった10年間
いま中国の大都市を歩いていると、時折「自動運転テスト中」のステッカーが貼られた車が走行しているのを目にすることがあります。このような車の背後には、中国のスマート運転業界が歩んできた10年にわたる探索と成長の物語があるのです。2014年にスタートを切り、そして現在の実用化が加速するフェーズに至るまでの道のりは長いものでした。当初の投資バブルの熱狂を経て、今では実用的な技術を蓄積する新しいステージを迎えています。
萌芽と熱狂:コンセプト探索期間(2014年〜2017年)
中国の自動運転にまつわる物語は2014年から始まりました。人工知能テクノロジーが芽生え始め、特に米国テスラの初代スマート運転(Autopilot Hardware 1.0)が実用化されるにつれて、中国も新エネルギー車技術の推進を加速させました。「自動運転」という言葉も人々に知られるようになりました。
「なぜガソリン車ではなく電動車を対象とするのか」と疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、理由は極めてシンプルです。それは、ガソリン車の構造はすでに固定化されており、ソフトウェア制御力を向上させるにはデザインの革新だけでなく、車の構造自体を「作り直す」必要があるからです。また、海外の自動車メーカーは100年近い歴史を有しているのに対して、中国のガソリン車は性能面においてまだまだ道のりがあるため、いっそのこと新しい技術を新エネルギー車に搭載したほうが追い抜ける可能性がある、勝算が高いと考えられていました。とはいえ、当時この分野に本格的に踏み込んだ企業や資本はまだごくわずかでした。業界も「石橋をたたいて渡る」ような段階でしたので、技術の方向性が見えにくく、発展も遅かったのです。
転機となったのは2017年で、自動運転の「投資ピークの年」とまで呼ばれていました。中国の自動運転関連投資額は約43億ドルに達し、2016年比で実に540%増。世界全体の自動運転投資の約23%を占める規模となりました。資金は業界になだれ込み、象徴的な資金調達案件が相次ぎます。蔚来(NIO)・小鹏(Xpeng)・威马(WM Motor)の3社は合計で34億ドルを獲得しました。そのうち、蔚来NIOが16億ドルの融資を受けました。このほかにも、禾赛科技(LiDARメーカー)が 1.1億ドル、ベンツ中国(自動運転開発) 4,600万ドル、商汤科技(SenseTime、自動運転研究) 4.1億ドルを獲得しました。技術面でも、まさに「百花繚乱」の様相で、著しい発展を見せていました。百度は自動運転プラットフォーム「Apollo」を発表し、テンセントやアリババも相次いでスマートカー向けの車載連携システムを投入。車内のハードウェアを人とクルマのインタラクションで制御する構想が語られ、禾赛科技のレーザーライダーをはじめとするセンシング技術も注目を集めました。スマート運転が一気に広がり、数年後には完全に実用化されるかのような雰囲気となり、最もホットな話題となりました。

データ出典:https://news.qq.com/rain/a/20211117A0A1FI00
しかし、このフェーズはまだ「コンセプト」の段階にとどまっており、多くの企業では広告に力を入れていたため、展示用のコンセプト的な製品がほとんどでした。肝心なコア技術・アルゴリズムは未成熟なもので、安全保障もなされておらず、実用化には程遠い状況でした。その結果、多くのプロジェクトが資金難、技術的な行き詰まりなどが原因で中途半端な状態に陥っていました。
実用化と加速:2018年から現在に至る実用化のフェーズ
投資マネーの熱狂が落ち着くにつれて、政府も業界の整備に乗り出しました。当時の自動車業界には明確な方向性がなく、目まぐるしく動き回っていただけでした。業界には明確な方向性を示すバロメーターが必要でした。その役割を担う存在として、テスラが導入されました。テスラによって生じた「ナマズ効果」は業界の活性化を引き起こしたのです。すなわち、レベルの低い企業は淘汰されると同時に、技術や性能を比較するための明確なベンチマークが提示されました。業界は同じ方向に向けて発展するようになり、2018年には冷静さを取り戻して「実用化へのモデルチェンジ」へと方向転換ができたのです。そして、投資者も盲目的にブームを追うのではなく、プロジェクトに対して、慎重にその価値を見極めるようになりました。企業も目標を見直し、地に足をつけて技術課題の解決に向き合い始めたのです。このフェーズにおける核心的な変化は、技術発展の重心が「車両単体のスマート化」に移ったことです。つまり、自動車に「目(カメラ・レーダー)」と「脳(チップ・アルゴリズム)」を搭載することによって、自動車が自ら道路の状況を認識し、判断し、決断できるようになるということです。初期に見られた、外部から大量の行動指令を埋め込む受動的な方式から脱却し、テスラと同様の自律型アプローチへと舵を切ったのです。ここで、「自律学習型」と「埋め込み指令型」について簡単にご説明したいと思います。
埋め込み指令型:ある場面における大量のアクションデータを入力することによって車両を制御するため、非常に時間と労力を費やす必要が方式です。その上、アップデートのスピードが遅いため、車両の動きも鈍く、使用可能な場面が限られてしまいます。データが煩雑すぎて全ての使用場面をカバーできず、将来的な発展が期待できないものとされていました。
自律学習型:大量の運転データを入力するだけで、自動車自身によるラーニングを通して行動力を形成することができます。自動車が多様な道路状況に応じて自律的に判断、実行し、滑らかかつ自然に動くことが可能です。また、開発のコストも低減され、多くの複雑な場面に対応可能です。アップデートスピードも飛躍的に向上され、まだまだ発展の余地があるとされています。
技術開発の方向性が明確になって以来、公道実証試験は業界の「必修科目」となりました。閉鎖された空間から都市道路だけでなく、省を跨ぐ幹線道路までテスト車両の足跡はどんどん広がっていきました。一方で、商業化シーンでの実用化も着実に進んでいます。振興EVメーカーの小鵬(XPeng)が自社開発した XNGP をはじめ、理想(Li Auto)の NOA、さらにはサプライヤーとしての華為(Huawei)が提供する ADSスマートシステム などが登場しました。限られた路線でのスマート運転から全国範囲(内部道路等の制限されたエリア以外)へ、AIによる自律判断能力の獲得へと進化するまでわずか 6 年足らずで大きな飛躍を遂げたのです。それと同時に、北京、上海、広州、深圳等の都市ではRobotaxi(無人タクシー) の実証試験がスタートし、市民もアプリで体験できるようになりました。まだ初期段階とはいえ、自動運転はもはや研究室に限った技術ではなく、日常生活に溶け込みつつあることを意味しています。

未来の展望:2030年のスマート交通システムの未来構図
専門家の予測によれば、2030年にはL3級※1のスマート運転が全国レベルで展開され、主要な移動手段の1つとなるとなる見込みです。そして、Robotaxi(無人タクシー)も都市の限定区域においてL5級※2のスマート運転も実用化されて一般的な選択肢になり、タクシーがつかまらない問題が緩和されるだけでなく、交通事故発生率の低減も期待できるでしょう。
過去10年を振り返ると、中国のスマート運転技術はコンセプト先行の熱狂期を経て、今では実用化に向けて、技術の発展へと大きく舵を切りました。その原動力となったのは、技術面における継続的なブレークスルー、人材の蓄積、そして政策による的確なサポートです。今もなお、コスト管理や安全性の保障などといった課題に直面していますが、2026年が近づくにつれて、この交通革命はさらに加速していくでしょう。近い将来には、「自分で運転する」スタイルが過去となり、懐かしい体験として語られる日がやって来るかもしれません。そして、よりスマートで安全、効率的な自動運転が中国人のお出かけスタイルをガラリと変えてしまうかもしれません。
※1 L3級自動運転とは、「条件付き自動運転」を指します。特定の条件下において、車両が完全に自動運転を行います。ドライバーは「手放し・目を離す」ことが可能となりますが、システムからレスポンスが求められた際にはいつでも運転を引き継ぐ必要があります。L2との大きな違いは、特定条件下において運転責任の一部をシステムに委ねられる点です。L3レベルを実現するためには、レーザーLiDARなどの高度な識別センサーによる道路状況のモニタリングが不可欠であり、システムが対応できない場合には直ちにドライバーが安全に車両を制御することが必要です。
※2 L5級自動運転とは、「完全な自動運転」を指します。全ての運転を自動運転システムに任せ、人間が介入する必要がありません。あらゆる環境において自動運転が可能となり、システムから人間への運転切り替えがなく、道路状況に注意する必要もありません。