「活人感(人間味)」が、2026年中国春節マーケティングの本質に
これまで長い間、中国の春節マーケティングには、「団欒、帰省、赤色、涙、そして壮大な物語」という、いわば鉄板の公式が存在していました。各ブランドは、いかに人々の感情を揺さぶり、いかに「正月らしさ」を演出できるかを競い合ってきたのです。しかし、2026年の春節では明らかな変化を感じられたのではないでしょうか。春節マーケティングそのものは健在ですが、以前のような喧噪は影を潜めています。これは、ブランドが春節を軽視しているわけではなく、中国の消費市場が新しい共通認識のフェーズに入りつつあることを示しているのです。今の消費者は、ブランドから一方的に「理想」を定義されることよりも、自分たちのリアルを「理解される」ことを求めているのです。これこそが、最近頻繁に語られているキーワード「活人感(人間味)」が、春節という場面で顕在化したものだと言えるでしょう。
春節における「活人感」とは?
日常的な会話において、「活人感」は厳密な学術用語ではありません。しかし、現在の中国マーケティング環境において、それは次のような非常に明確な変化を指し示しています。
・「理想的な家族像」や「あるべき感情」を無理に仕立て上げない
・一つの物語で、すべての中国人をひと括りにしようとしない
・リアルな人間、リアルな状態、リアルな葛藤を浮き彫りにすること
春節の文脈における「活人感」とは、ブランド側が春節を「こなすべき文化的な任務」として捉えるのをやめ、一人ひとりの生活の中に実在する「人生のひとつの節目」として扱うようになったことを意味しているのです。
春節の事例からみる:ブランドはいかに「活人感」を体験しているのか
1.「団欒の物語」から「個人のありのままの状態」へ
今年の春節コンテンツの中で最も明確なトレンドとして、唯一の主役だった「家」が一転して「個人」へと変わり、コンテンツの中心になったところです。一部のブランドは「家族団欒という理想的な瞬間」ではなく、以下のテーマに焦点を当てているのです。
・初めてパートナーを連れて実家に帰る時の緊張感
・結婚や就職などを催促され、ストレスを抱えている若者たち
・帰省しても疲労や不安が解消されない大人たち
これらは必ずしも「心温まる」物語ではないかもしれませんが、圧倒的にリアルです。春節は単なる幸福な時間であるだけでなく、プレッシャーや現実逃避、そして自分自身を見つめ直す時間でもあるという事実を、ブランド側が認めたのです。 こうした表現の本質こそが「活人感」です。ブランドは消費者の感情を理想の形に「矯正」しようとするのではなく、その時々の感情に「寄り添う」ことを選んだと言えるでしょう。
事例:Nikeの春節シリーズ「脱缰(手綱を放す=解き放つ)」
Nikeは「午年、スポーツで現状を打破する」を核心に据え、3つのCMを通じて個人が生活の閉塞感をスポーツで突き破る瞬間を描き出しました。例えば、バスケットボールのMVPというアイデンティティで職場の「肩書きマウンティング」を意に介さない様子や、テニスラケットで布団を叩くことで結婚を催促されることによるストレスを打ち消すといった描写です。スポーツが、個人のあり方を縛り付ける「社会的なしがらみ」に対抗するためのシンボルへと昇華されています。ブランドは伝統的な「家族の団欒」を強調するのをやめ、若者が帰省中に直面する「親戚付き合いの気まずさ」や「アイデンティティへの焦り」にフォーカスしました。そしてスポーツというアクションを通じ、誰もが押し付けられる「家族の物語」を、「個人のありのままの解放」へと塗り替えたのです。

2.「春節らしさ」は演出されるものから体験されるものへ
「年味(春節らしさ)」の表現手法について、以前のように視覚的にわかりやすいものに頼るのではなく、間接的な形で人々の行動及び情緒的な部分にさりげなく植え付ける形を取っています。この変化を読み解く上で、「活人感(人間味)」は極めて重要な視点となります。
・記号(アイコン)ではなく、「人間」を文化への入り口にする
・祝祭日はお膳立てされた舞台ではなく、「生活の延長線上」に存在する
成功する文化的コラボレーションの共通点は、文化を単に利用するのではなく、人を通して文化を表現することにあるのです。
事例:Rimowa × 京劇
Rimowaの2026春節のコンテンツは紅包や提灯、干支など伝統的な視覚要素の代わりに、京劇俳優の動きを軸に据えました。京劇の伝統的な演目にある、馬にまたがり走る様子を表現する「趟馬(とうば)」の動きと、現代の旅のシーンをリンクさせることで、春節を「流動的な人生における一つのフェーズ」として描き出しました。祝祭日は、装飾によって作り上げられる「特別なシーン」ではなく、登場人物の生活リズムの中に溶け込んだ「日常の一部」として表現されているのです。

3.「年に一度の大作CM」から「断片化されたリアルなコンテンツ」へ
今年、多くのブランドが出した春節ビジュアルCMのうち、最も印象に残ったのは高級感のある広告ではなく、SNSでパラパラ見かけるような断片的なコンテンツでした。
・一般ユーザーの何気ない春節の過ごし方
・インフルエンサー(KOL)による、正月特有のストレスへの愚痴トーク
・公式アカウントからの、一方的な宣伝ではなく会話のような親しみを持てる発信
これらのコンテンツを通して、ブランドは話題の「主役」ではなく「ホスト」のような存在となり、共感したり話題を盛り上げたりして、溶け込んでいるのです。これこそが「活人感(人間味)」が持つもう一つの意味である、「舞台の中心から一歩下がり、人々の中へ溶け込む」ということなのです。
事例:伊利(Yili)がネットユーザーの考えた語呂合わせに反応
2025年の年末、「馬年」、「伊利(ブランド名)」、女優「馬伊利」という3つの音が重なることに気づいたユーザーたちが、自発的に2026年の春節スローガンを次々と作成しました。これに対して、伊利はそのクリエイティビティを逃すことなく、マーケティングへと昇華しました。特筆すべきは、施策の全工程において「活人感」を貫いたことです。ブランドが「高みの見物をする広告主」から、「ユーザーのノリを理解し、一緒に遊んでくれる友人」へと変貌を遂げたことで、短期間での爆発的な話題性と、長期的な信頼感の両方を獲得することに成功しました。

右:伊利公式アカウントは馬伊利を起用すると発表。画像出典:伊利ウェイボー公式アカウント
なぜ春節で「活人感」が集中的にバズったのか?
よりマクロな視点に立つと、これは単なるクリエイティブの流行ではなく、複数の要因が積み重なった結果だと言えます。
・中国消費者が壮大な物語に疲弊している
・若者層は集団的な情緒よりも個人の感覚を重視している
・経済・社会環境よりもリアリティを強く求めている
・SNS時代において、「演出感」に対して警戒している
これらの情緒は、春節期間中に最も顕在化しやすいのです。
ブランドへの示唆:春節マーケティングは「賑やかさ」より「リアル」が熱狂を生む
中国市場についてもっと理解を深めたいブランドにとって、「活人感」の流行はむしろチャンスといえます。日系ブランドが得意としてきた「日常」「余白」「ありふれた生活への敬意」は現在の中国の春節トレンドと非常に相性が良く、受け入れられやすい土壌があります。春節マーケティングのポイントは正しい物語を語ることではなく、中国人がこの時期に何を感じ、何を求めているのかをリアルに理解することです。消費者は、毎年ブランドに度肝を抜くような感動大作を求めているわけではありません。大切な節目において、どのブランドが理解したふりをせず、自分たちに真摯に向き合ってくれたかが見られています。
まとめ
2026年の春節は、決してマーケティングがダウングレードした年ではありません。むしろ、ブランドが消費者に対してより誠実に向き合い始めた、大きな転換点となりました。ブランドが全ての人を感動させようとする執着を手放し、春節をパフォーマンスとして演出しなくなったときに、「活人感(人間味)」という血の通った感覚が初めて消費者との距離感を縮めてくれるのです。