2026.05.12

ブランド側から信頼される人々の手に渡る「語る権力」

長い間、ブランドマーケティングの中心は「自己表現」でした。露出を増やして洗練された広告を打ち、パーフェクトなブランドストーリーを語り、口コミを通じて商品の信頼性を高めようとしてきました。芸能人による宣伝や公的機関によるお墨付き、メディアの評価など、その本質となるものはいずれも「権威」でした。

しかし今日では、このような「ブランド中心 × 権威的裏付け」による信頼の構造は、少しずつ力を失いつつあります。消費者が何も信じられなくなったわけではないのですが、どこか均質で「標準化された」表現に対して、距離を取るようになってきているのです。その結果、信頼の源は静かに移り行き、あらかじめ用意された「エビデンス」よりも、ユーザーたちはもっと具体的で日常に根ざした個人の声、すなわちリアルな人間が、自分の生活場面でその商品をどのように使い、どう感じているかを語る声を求めています。つまり、今起きている変化の本質は、伝達チャネルが変わったことではなく、「信頼の拠り所」が変わったことにあるのです。

「ブランド中心」から「人への信頼」への移り変わり

注目すべき事実は、マーケティング予算の使われ方が一斉に変化していることです。データによると、2026年グローバルインフルエンサーマーケティング市場の規模は約39億ドルに達するとされています。より多くのブランドは予算を広告からコンテンツクリエイター投資へとシフトしているのです。そのうち、マーケティング予算の50%以上をインフルエンサーに充てる企業も現れています。

これは単なる「チャネルのアップグレード」ではなく、ロジックレベルでの再構築なのです。ユーザーもブランドからではなく、リアルな人間を情報源とするようになってきています。特にZ世代はその傾向が顕著であり、55%が購入前にSNSで情報調べを行っており、33%がインフルエンサーのおすすめをきっかけに直接購入しているそうです。これまでブランドが握っていた「語る権力」は、少しずつクリエイターの「解釈する権力」に移っています。

なぜ「ブランド」よりも「個人の声」が響くのか?

マーケティングの本質は以前から変わっておらず、「認知に影響を与える→信頼を築く→行動を促す」という流れです。

心理学には「パラソーシャル関係」という概念があります。人々は画面の中の配信者に対して、まるで現実の友達のような信頼感を抱く現象です。例えば、一般の人がSNSで「自分も仕事で疲れているとき、この商品に本当に癒されたよ」といった投稿は、ブランドの広告以上に説得力があります。なぜなら、これは「日常のリアリティ」「情緒的な共鳴」「社会的立場の類似性」の3つの条件を満たしているからです。中小規模のクリエイターたちが成功する理由と同様で、彼らは「広告」ではなく、等身大の「人間」として映ります。マイクロインフルエンサーのエンゲージメント率は3〜5%と、トップ層のインフルエンサーを遥かに凌駕しています。消費者の多くが彼らからの推奨で購入を決めるのは、フォロワー数ではなく「関係の密度」を重視しているからです。信頼は、「私と同じような誰か」から生まれるのです。

従来の広告は「完璧さ」を追求するのに対して、今日では過度な加工は「広告臭さ」となり、不信感に繋がります。むしろ、少しの無骨さが「リアリティ」として信頼の証になるのです。多くの調査結果も「不完全さ」こそが信頼を生み出すエビデンスであると示しています。ショート動画が主戦場となったのも、そこにある「加工されていないライブ感」が、コンテンツの信頼性を高めるからです。

ブランドはかつて、広告の「露出頻度」で記憶を作りました。しかし今は、クリエイターが日常の中で「繰り返し登場させること」が重要です。好きなクリエイターが、様々な場面で自然にその商品を使い続けていれば、ユーザーは「宣伝されている」のではなく「本当に良いものなんだ」と感じます。こうした広告色を感じさせない繰り返しこそが、今の時代に求められるブランド構築の姿と言えるでしょう。

小紅書(RED)における「シーディング」から「爆売れ」までの道のり

ここ数年、小紅書(RED)を見ている中で、スキンケアブランド「逐本(Zhuben)」の躍進は、まさに典型的な「信頼の遷移」のケースだと感じます。広く知れ渡る前では、このブランドの強いブランド宣伝はほとんど見られず、その代わりスキンケアや成分を分析するKOLのコンテンツが継続的に発信されていました。クレンジングオイルのレビューや成分のロジックを解説、敏感肌の使用体験のシェアなどが投稿されていました。コンテンツ自体は誇張なものではなく、むしろ理性的でした。発信者自身の専門性や信頼度が高いため、これらの内容も自ずと受け入れやすかったのです。

また、ユーザー視点から見ても、購入までの意思決定の流れもわかりやすいものでした。まずブランドを知ってもらうのではなく、「この人は信頼できる」と感じさせられるところから入っていき、発信者が勧める商品を使ってみたいと思うようになるところへと導いていきます。説得の切り口はブランド自らではなく、「信頼を寄せている第三者」にあるのです。

このプロセスでは、ブランド自身の存在感をアピールするのではなく、既に判断力を持っているKOLたちを通じて「信頼に足る商品」として信頼を獲得しているので、最終的にユーザーが受け取るのは広告的な宣伝文句ではなく、共通認識に近い確かな納得感なのです。

レッドには大量の中小KOLによる逐本クレンジングオイルのシーディング記事が投稿されています。画像出典:RED

これからのブランドは、「人を通じて語る」ことを学んでいる

これら一連の現象を繋げて考えると、深いレベルのトレンドが見えてきます。ブランドは「主役」から物語を構成するための「素材」へと変わっています。昔ならコンテンツはブランドを中心としていましたが、今ではクリエイターが中心となり、ブランドはその一部にすぎないし、存在感も薄くなりつつありますが、その一方で、信頼は強化されてきています。

これまで私たちはブランドそのものを軸に、理念、強み、差別化について語ってきました。それに加えて、著名人の起用や権威ある機関のお墨付き、メディアの評価などを通してエビデンスを重ねることで説得力を得ようとしてきました。このロジック自体が消えたわけではなく、今も依然として多くの場面で使われています。ただ、確実に変わってきているのは、ユーザーはこうした「デザインされた表現」や「スタンダード化されたエビデンス」に対して敏感になってきているのです。情報量が増加するにつれて、これらはブランドの自己説得のためのコンテンツに過ぎないことがすぐに見抜かれてしまうので、無意識に距離ができてしまいます。つまり、問題は「きちんと伝える」のではなく、あまりにも整いすぎているがゆえに、かえって説得力が弱まってしまうのです。

逆に、一見広告らしくないコンテンツの方が受け入れられやすいのです。あるユーザーの何気ない投稿やアバウトな使用体験談、コメント欄の返信のほうが、しっかり作り込まれたブランドコンテンツよりも説得力があるようです。

「何を語るか」はもちろん重要ですが、それだけでは足りません。その効果を左右しているのは誰が、そしてどのように伝えるのかです。

その結果、クリエイターはただの配信チャネルではなく、ある意味ではブランドアピールの一部へと変わってきています。ブランドは彼らを通して具体的な生活場面に溶け込み、解釈され、使用され、何度も検証されるのです。ユーザーも一方的な結論を受け取るのではなく、「本当に使ってる人がいる」という実感が伝わるでしょう。

この角度から見てみると、「人を通じて語る」ことは単なるマーケティング策略ではなく、新たなコミュニケーション手段なのかもしれません。ブランドはある程度コントロールを手放し、不完全な表現や多種多様な解釈まで受け入れていかなければならないことを意味しています。こうしたコントロールできない状態の中でこそ、はじめて信頼が生まれるのです。

未来の変化を定義するなら、それは「ブランドが弱くなった」のではなく、「存在の仕方が変わった」のだと考えます。自ら最前列に立って証明しようとするのをやめ、信頼される人々の背後にそっと寄り添うような、新しい形として存在するようになるでしょう。