2026.08.27

「情緒価値」は必要とされるその瞬間に生まれる

最近、私の小紅書(RED)のフィードでは、バードウォッチングのコンテンツが目立つようになりました。コア向けの機材レビュー等ではなく、望遠鏡を手に湿地や公園へ出かけ、一羽の鳥が現れるのを待つ一般の人々の投稿が中心です。出会えることもあれば、何も起きないこともあります。それでも、記録を見る限り、その時間を無駄だったと捉える人はむしろ少ないようです。

これはもちろん私個人のフィードであり、市場全体を代表するものではありません。ただ、搜狐(Sohu)が引用した小紅書2026年第1四半期の注目コンテンツに関するデータによると、「#バードウォッチング」の直近90日間の閲覧数は1.2億を超え、関連投稿数は70%以上増加しました。これはプラットフォーム上で関心が高まっていることを示していますが、市場全体の長期的なトレンドと直結するものではありません。

バードウォッチング:気持ちは一つの動作から生まれる

こうした数値以上の面白さは、バードウォッチングという「行為」そのものにあります。「空を見上げる」「じっと待つ」「鳥の種類を見極める」。ブランドが広告コピーで安易に用いそうな「リラックス」や「癒やし」といった抽象的な言葉が、ここでは時間をかけて自ら体感する「具体的なプロセス」へと姿を変えています。

多くのブランドは「リラックス」や「癒やし」といった魅惑的なフレーズを語ることに事欠きませんが、本当に不足しているのは「消費者が自らの身体を動かして完了させられる具体的なプロセス」です。

本稿でバードウォッチングを取り上げる目的は、これが新たな消費トレンドであると証明することではありません。むしろ一つの重要な示唆を得るためです。すなわち、私たちが求める「真のリラックス」とは、誰かが作った映像をただ眺めるだけで得られるものではなく、自らの手や足を動かして体験するプロセスの先にこそ生まれるのだ、という気づきです。

3名のユーザーが、公園や湿地でバードウォッチングをした様子を記録しています。
画像は順に、小紅書(RED)ユーザーの「机智的云雀」、「Vanilla」、「缪斯会赐予灵感」によるものです。

私が目にしたこれらの投稿には、自然を征服するといった表現はほとんど見られません。むしろ「静かでいられる」「自分と少し向き合う」といった言葉や、公園で立ち止まるきっかけができたという声が多く書かれています。湿地や田園の風景が自動的に感情的な価値を生むわけではありません。そこで普段とは違う行動をしたこと自体が、その人にとって意味を持ったのです。

こうしたユーザー心理の変化を捉え、バードウォッチングをテーマにしたコンテンツや体験型施策を提示するブランドも登場しています。中国発のライフスタイル・バッグブランド「山下有松(Songmont)」は、バードウォッチャーへのインタビューを通じて「都市にいながらも、しなやかに自然を感じて生きる」というライフスタイル像を発信しました。一方、「塩城大洋湾ダブルツリーbyヒルトン」は、リゾート滞在のプログラム内に野鳥観察ガイドを直接組み込んでいます。前者はストーリーテリングを通じてブランドの世界観を提示し、後者はサービス設計を通じて顧客が実際に体験できるリアルなプロセスを提供しているのです。

左図:山下有松(Songmont)がバードウォッチャーの夢帆にインタビュー。画像は山下有松の中国SNS「小紅書(RED)」公式アカウントより
右図:ヒルトンホテルによるバードウォッチング図鑑ポスター。画像は同SNSアカウント「塩城大洋湾ヒルトンダブルツリー」より

もちろん、すべてのブランドがこぞって同じことをする必要はありません。重要なもう一つのアプローチは、この「一時的に喧騒から離れる」というニーズを、自社のカテゴリーならではのアクションに落とし込むことです。

霸王茶姫 × 蔡皋:絵本を「破って、組み立てる」インタラクティブな体験へ

中国の人気ティードリンクブランド「霸王茶姫(CHAGEE)」は2026年7月、絵本作家の「蔡皋」とタッグを組み、「一起孩子气(童心にかえろう)」と銘打ったコラボレーションを展開しました。蔡皋は児童文学・絵本分野で長年の実績を持ち、2026年には「児童文学のノーベル賞」と評される国際アンデルセン賞の画家賞を受賞した人物です。本コラボが引き入れているのは単なる「著名アートの視覚的記号」ではなく、長年親しまれてきた作品の世界観と、それを読み解く豊かな鑑賞体験そのものです。

今回のコラボレーションでは、絵本の要素がパッケージに分解されて組み込まれました。4枚の紙袋を横に並べると、一続きの絵巻になります。紙袋の内側には淡いピンク色の線画が隠されており、カップに貼られたシールを剥がすと、桃源の情景と蔡皋の手書きの言葉が現れます。消費者が手にするのは、有名な絵を印刷したパッケージではなく、自分で剥がし、広げ、組み立てる体験です。

バードウォッチングとの共通点は、「自然」というテーマではありません。バードウォッチングでは鳥が現れるのを待ち、紙袋は自分の手で開いて組み立てます。日常から一時的に離れる感覚は、まさにこうした動作の中で生まれます。

左の画像:2026年国際アンデルセン賞 画家賞受賞者の蔡皋。画像提供:霸王茶姬の小紅書(RED)公式アカウント
右の画像:4枚の紙袋を並べてつなぎ合わせ、『桃花源記』の長い絵巻にしたもの。画像提供:小紅書ユーザー「吃饭睡觉灰太狼」

逐本 × 赶山疗愈音乐节(山歩きと癒やしの音楽フェス):プロダクトをくつろぎに組み込む

アロマスキンケアブランド「逐本」は2026年6月、浙江省建徳市の葛塘村で開催された「赶山疗愈音乐节(山歩きと癒やしの音楽フェス)」に参画しました。この施策のポイントは、会場の一角にありきたりなフォトスポットを設置することではなく、夕日ヨガやシンギングボウルの音浴といった音楽祭既存のプログラムの中に、自社のスチームアイマスクや天然エッセンシャルオイルを直接組み込んだ点にあります。

逐本は「赶山疗愈音乐节(山歩きと癒やしの音楽フェス)」に参加しました。画像出典:https://news.iresearch.cn/yx/2026/06/558492.shtml

逐本が提供したスチームアイマスクには、天然精油が入ったアロマカプセルが内蔵されています。参加者が指でカプセルをプチッと潰すと、心地よい香りが温かいスチームとともに広がり、参加者は自然と目を閉じて深いリラックス状態へと入っていきます。「カプセルを潰す」「香りを嗅ぐ」「目を閉じる」という一連のアクション自体は至ってシンプルですが、音楽祭が創り出すゆったりとした時間軸と見事にシンクロしています。ブランド側はイベントの傍らで単に「癒やし」というコンセプトを言葉でアピールするのではなく、人々がリラックスしていく「身体的プロセス」の真っ只中にプロダクトそのものを滑り込ませたのです。

このアプローチは、前述した「霸王茶姫(CHAGEE)」の手法とは一味異なります。霸王茶姫は「じっくりと解体し、鑑賞するアートコンテンツ」をパッケージとして提示したのに対し、逐本は「プロダクトがもたらす香りと肌触り」を、音楽祭がもともと持っていたくつろぎの瞬間に自然になじませました。両者に共通しているのは、単に余計なノベルティや動作を付け足したのではなく、消費者が自発的に没入できる「体験の余白」を最初から緻密に設計していた点にあります。

消費者が求める「その瞬間」に寄り添う体験の入口を設計する

これらの事例を並べて検証した意図は、桃源郷のアート、アロマテラピー、バードウォッチングというモチーフが、同一の消費トレンドに属していると主張したいからではありません。本質的な共通点は、消費者の「日常のふとした瞬間」に対して、自然に身を委ねられる「入口」をあらかじめ用意していることにあります。

バードウォッチングに関心を持ち始めた人は、山下有松(Songmont)のインタビュー記事を読むことから静かに体験を始められます。リゾートでの休暇をより豊かに過ごしたい宿泊客は、ヒルトンが提示する野鳥観察プログラムに参加できます。ティードリンクを手に取り、束の間スマートフォンから目を離したい人は、霸王茶姫(CHAGEE)のカップから『桃花源記』のアートをじっくりと広げて鑑賞できます。そして音楽フェスで歩き疲れた人は、逐本(Zhuben)のリラクゼーションエリアで一息つき、再び熱気あふれる会場へと戻っていくことができます。

こうした体験のアプローチは実に多様です。既存の文化コンテンツを引用するものもあれば、プロダクトの感覚的な価値(香りと触感)からアプローチするもの、あるいは既存のイベント動線の中に溶け込ませるものもあります。しかし、どの事例にも共通しているのは、ブランド側が「癒やし」などの感情を押し付けたり、消費者に大げさな参加態度を要求したりしていない点です。ブランドはコンテンツ、プロダクト、あるいは体験空間を「ただそこに静かに配置しておく」だけです。だからこそ消費者がそれを必要としたその瞬間に、自ずと彼らの生活の一部へと溶け込んでいくのです。

ブランドにとって真に考案すべきは、「リラックス」「癒やし」「ヒーリング」といった記号的バズワードを連呼することではありません。自社のターゲットがどのようなシチュエーションで、どのようなコンテンツや感触、あるいは束の間の停留を求めているのかを、徹底的に解像度高く具体化することです。消費者の文脈に沿って「具体的かつ静かな入口」を用意しておけば、ブランドとのつながりを声高にアピールする必要などないのです。

なお、一連の資料から確認できるのは、ブランド側が消費者の参入・体験プロセスをあらかじめ設計に盛り込んでいるという「施策の構造」に過ぎません。こうした仕掛けが、消費者の心理的改善やブランド好意度の向上、ひいては最終的な購買転換へと結びついているかどうかについては、引き続きユーザーの定量的フィードバックや事業データの検証が必要です。